【中編】循環型社会、地方創生と刑務所
- 副編集長 / クリエーティブディレクター/DENTSU TOPPA!代表
- 増山晶
【レポート】「刑務所と協働するソーシャル・イノベーション」中編
*期間限定でアーカイブ動画配信中。
【公開期間】2022年4月5日~2022年5月5日
■基調講演1:「刑務所と協働する企業が描く循環型社会と再犯防止の未来」
Recycling Lives Charity社 アラスデア・ジャクソン氏(Alasdair Jackson)
イングランド北西部のリユース・リサイクル企業として7つの刑務所で活動中のジャクソン氏がビデオで登壇。同社は受刑者に廃棄品のリユースのスキルを教え、職業訓練と同時に就労支援を行い、再犯率の低減に貢献。同社によれば、HMPアカデミー(受刑者講座)に参加した受刑者のうち、再犯に至るのは20人に1人で、全国平均をはるかに下回る割合とのこと。
2016年、120人の受刑者が同社のHMPアカデミーに参加し、再犯防止の成功率は94%を達成、230万ポンドの社会的投資効果があったという。同プログラムは英国内の18の刑務所での運営を予定。ジャクソン氏は自社のリハビリテーションプログラムに5年携わったのち、現在は3つのプログラムの日々の運営と監督を務めている。
ジャクソン氏「私たちの事業は、慈善事業でなくビジネスとして始めた。英国で金属くずや車、コンピュータ、テレビのリサイクル事業を行っており、刑務所での事業は約15年前に開始。受刑者が出所後に働けるよう、養成することにした。その結果、私たちは英国で最大のテレビのリサイクル業者になった。私たちにはテレビのリサイクル以上のことがしたい、もっと多くの受刑者を要請して出所後にそのままわが社の従業員になってくれればよい、受刑者が自分の人生を変える後押しがしたいという3つの理由があった。このビジネスは大きく成長する可能性があったため、慈善事業・社会的企業を立ち上げた。現在、英国の7つの刑務所の作業所でテレビやパソコン、電子廃棄物、ガスメーターのリサイクルを行っている。コロナ禍前には、月平均10万台のテレビリサイクル、250人の受刑者雇用の規模となった。慈善事業としてのマネージャー配置により、雇用創出、受刑者の自尊感情や労働倫理をはぐくむことを助け、出所後の再犯防止につなげている。
英国の再犯率は60%近く、10人に6人は出所後1年以内に再犯して刑務所に戻ってしまう。Recycling Lifeプログラム参加者の再犯率は4%。この取り組みにより犯罪を減らし、受刑者を立ち直らせ、社会の一員として生きることを助けている。
低い再犯率も大切だが、それ以上に取り組みに参加した『人』が大切だと感じている。刑務所にいる受刑者にも立派な知識や技能がある。刑務所で絶望している状態からプログラムを通じて働き、自尊感情を高め、ついにはプログラムを牽引する存在になる。参加者と同じ経験をしているからこそ、メンターとなり、人生を軌道に乗せるサポートができる。元受刑者や刑務所と協働するなら、実際に刑務所入所経験がある人を雇う検討をしてほしい。それは大きな強みで、参加する受刑者のやる気の源にもなるからだ。
直近2年はパンデミックで刑務所のロックダウンが起きているが、刑務所内外で共に働き、つながりあって受刑者が援助を受けられることを嬉しく思う。
2022年の目標はより多くの刑務所でより多くの作業所を展開すること。今月から5つの刑務所で、リサイクルに限らず様々な作業場を開設している。料理のケータリング、織物、裁縫、造園、廃棄物管理、コールセンターも始めるつもりだ。これまでのように受刑者を包括的にサポートすることで、受刑者が人生をやり直していく道のりをたどり、新しい取り組みも成長させられると考えている。次の5年ですべての刑務所に私たちの作業場を設置していきたいと思う。」
ジャクソン氏は、刑務所との協働ビジネスには柔軟性、忍耐、コミュニケーションが必要だと言う。当初は刑務所の作業所は自分たちのために働いてくれる場所だと考えていて、受刑者の包括的な支援は考えていなかった。だが何年も一緒に働く中で、社会に出る際のバリアを取り払うサポートがしたくなったとのこと。取り組みの多くは受刑者の権利擁護、更生機会を得るための代弁だ。経営者たちの刑務所を見る目を変えて行くための取り組みをしたいと言う。最後に日本の聴講者に向けて、「恐れないで、応援しています」とメッセージを送った。「あなたが人を助けるほどあなたは成長できるし、あなたが成長すればより多くの人を助けることができる」。
■基調講演2:「地方創生と未来の刑務所のあり方」
ヤフー株式会社 大野憲司氏
株式会社大林組 歌代正氏
株式会社セイタロウデザイン 山崎晴太郎氏
MC:PwCアドバイザリー合同会社 田頭亜里氏
(写真左より田頭氏、大野氏、歌代氏、山崎氏)
(MC)刑務所に対する恐れなどは、当初あったか?現在は?
山崎氏「奈良監獄の利活用プロジェクトから携わり、美祢のPFI刑務所で受刑者に対する広告制作の職業訓練、法務省の『先輩が、刑務所に入った。』というポスター制作などを担当。最初は奈良監獄の建築的な魅力にひかれて始めたが、特に刑務所に対して意識があったわけではなかった。建物の利活用に際し、地域住民のヒアリングやワークショップを通じて、地域の刑務所・受刑者に対するポジティブな態度に驚いた。そこから僕の概念も変わっていった。今は僕らの日常の動線上にある存在としてとらえている。」
歌代氏「平成16年、PFI刑務所の事業者募集がなされた当時、刑務所・受刑者の情報発信はほとんどなかった。法務省の行政改革提議の提言の議事録で、日本の刑務所の現状を知った。そのため、恐怖や嫌悪感というものはなく、民間として何ができるかから考え始めた。」
大野氏「2018年にeコマースの技能習得に関わる受刑者向けの職業訓練を、山口県美祢市の美祢社会復帰促進センターで立ち上げた。もともとヤフーに刑務所ビジネス意向があったわけではなく、高校生、専門学校生が世の中に出るときにデジタルスキルを教えるプロジェクトをしていた。きっかけは、プライベートでの異業種交流会で法務省矯正局の前局長であった大橋さんとの出会いだった。当初刑務所や受刑者に対しては、それまでの人生で出会ったことがなかったため多少怖い気持ちがあったが、美祢社会復帰促進センターの官民職員から話を伺う中で、社会の課題解決という理解とともに不安なく訓練開始ができた。」
(MC)地域とのかかわりで刑務所が変わっていくような発見はあったか?
歌代氏「経済活性化だけでなく、地元の方々が受刑者の改善更生に関わりたいという声が上がる状況があった。官民協働、人材再生、地域との共生という法務省が提示した基本方針に対して、民間企業ができることを提案した。」
大野氏「ネット販売実務科は、ヤフー、法務省、小学館集英社プロダクション、美祢市の4者が連携して実施。受刑者が職業訓練として、美祢市の道の駅で扱う商品のストアサイトを製作し、道の駅に寄贈している。美祢市としては、道の駅の商品をヤフーショッピングサイトで販売することで、販路の拡大が期待でき、受刑者としては、チームでコミュニケーションしながらストアサイトを製作し、それを道の駅で活用していただくことにより地域の課題解決に貢献する体験をすることができた。」
山崎氏「奈良の刑務所には理容室が併設されていた。そこでは理容師の資格を取得した受刑者が地域の方の散髪を500円で行っていた。これは地域の方には嬉しいこと。そう言った関係性が、他でもできるといいと思った。ひとりの受刑者とひとりの地域のひとの関係性を強固にして、それを地域に拡散していけないかと考えている。地域を知り、価値を見つけ、世の中に発信する。例えば、美祢市のまだ世の中に出ていない製品を受刑者の力で名産にしていく広告制作によって、地域のコミュニティハブとして機能するのでは。」
(MC)地域との連携、本質的なニーズの発見、テクノロジーとの掛け合わせた展開などのキーワードがうかがえた。次に、未来の刑務所のあり方について。非財務指標的な活動として、地域資源と受刑者、地域課題解決といった視点からのアイデアを。
大野氏「ESG評価を高めるために社会事業をしようとはしていない。事業を実施した結果としてそうなればいいと思っている。私は4年間、約40名の受刑者訓練をしてきた。1年間で16回講義を実施して受刑者と向き合うが、刑務所に入りたくて入っている人はいないと考えている。未来の刑務所のあり方については、刑務所に入らなくてすむような社会の仕組みと、出るときに世の中に戻りやすいデジタル技能を習得できる職業訓練が大切だ。」
歌代氏「会社のESG経営として刑務所を真正面から取り上げるのが難しい。PFI刑務所で培ったノウハウは次世代で引き継いでほしい。」
山崎氏「デザインはポジティブに世界を変える力がある。人間の本質に向き合い、バーチャル刑務所として、刑務所に収容されながらある部分は社会とつながるという形が次代にはできるのではと、この3人で話していた。」
刑務所と地域との共生の具体的な可能性、さらに未来でのデジタル起点での可能性の広がりが希望をもってイメージできる実践者の方々のお話だった。
©「刑務所と協働するソーシャル・イノベーション」実行委員会
(後編に続く)
(前編はこちら)
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