川辺さんと語る、哲学対話って必要?
- 編集長 / プロデューサー
- 半澤絵里奈
9/19掲載の「川辺さん、こども哲学ってどんなものですか」に引き続き、今回は「人生や社会のなかで哲学が必要なのか」について川辺さんとお話したことをお送りします。
進路の悩みが、哲学との出会い
川辺さん自身が哲学と出会ったのは、進学について考えた17歳のとき。子どもや保護者に深く関わりたいと保育士への道を考えたが、「それで世界を変えるような仕事はできるのか」という父親の突きつけた問いに戸惑ってしまう。この顛末については著書のなかでも触れられているが、こうした進路の悩みを哲学の視点から考えた経験が、具体的に行動することと多くの人に伝えることの両立を目指す川辺さんの姿勢を支え続けているという。
どうして哲学が必要なんですか?
談笑のように続く取材の中、いつの間にか「哲学ってどんなイメージですか」という対話が始まった。筆者を含む取材チーム3名は、それぞれの体験を振り返りながら川辺さんに哲学のイメージを伝えていく。
取材チームから最初に出たエピソードは「あなたと私は哲学が違うね」と言われた経験。考え方が違うことを“哲学が違う”と表現された経験から、哲学ってあったほうがいいのか、わからなくなったという。次に取材チームから出たのは、東日本大震災で被災したあと哲学対話を体験したというエピソード。これからどう生きるべきかというような抽象的な問いについて、自分自身の考えを言葉にしたり、他人の本心に触れる機会は日常の中ではなかなか持てないので必要と感じたという体験談だ。最後に筆者からは、母の死がきっかけで哲学にはまったエピソードを話した。生きていくうえで立ち止まった時、状況を受け入れよう、納得しようともがく中で、人は哲学を求めるのではないだろうか。
川辺さんは取材チームの3人がそれぞれに話したことをホワイトボードに図解する。「ボールが坂道を転がるように、社会の中に飛び出した人間も摩擦を経験せずにいられません。子どもの頃から社会との摩擦が大きければ、人生の中で立ち止まって考える時期も早い。もちろん、大人になってアクシデントに遭遇して、はじめて前に進めないという経験をする人もいる。どちらにしても、そんなときに立ち止まることを許してくれるのが哲学なんです。」
多様性のための哲学、受け入れる場としての哲学
幼いころから哲学対話をすることの意義を川辺さんに聞いてみると、こんな答えが返ってきた。「子どもにとっての意義は、家庭以外の多様な考え方に触れられることです。一方で、大人にとっての意義は、子どもだって考えているのだと気づくこと。子どもを押さえつけない社会は、今以上の新しい価値を生み出す人間が出てくる社会でもあるわけで、社会にとっての意義も大きいんです。」
ダイバーシティ&インクルージョン社会へ向かう今、子どもと大人だけでなく、大人同士の間でもこうした多様性の理解、他者を尊重する姿勢が求められている。よりどころとしての哲学、多様性を楽しむ哲学が、子どもの頃に経験できたらどんなに素晴らしいだろう。
こども哲学を含む哲学対話は教育現場で実践されるだけではなく、すでに日常の中にあると川辺さんは指摘する。身近に子どもがいる大人なら、子どもから発せられた言葉が時に社会の矛盾や、人間の本質をついていると思うことも少なくないはずだ。
川辺さんへの取材を終えて、筆者自身、変わったことがある。忙しい毎日のなかで、とめどなくあふれる娘(6歳)からの問いかけにいらだたなくなったことだ。子どもの疑問が、アイディアを聞いて欲しいという要求なのか、不安から聞いている質問なのかはわからない。ひょっとすると娘の疑問は、いまだに私が気付くことができていないレベルの、本質的な問いなのかもしれない。そんな視点を持ってみると、仕事をしている手を止めて、娘と一緒に考えてみようと思えるようになった。川辺さんの著書にも、こども哲学を通して自分自身が変わったという大人たちの経験談があったが、まさに「これが、それか」と感じた。
17歳で川辺さんが目指すと決めたのは、子どもに対する暴力のない社会だ。一方で、他人に迷惑をかけないようにと公衆の場で大声で子どもを叱りつけたり、子どものためだと大義名分を唱えて体罰を加える保護者の悲惨なニュースがあとを絶たない。深呼吸をするように、『自信をもてる子が育つこども哲学』を手に取ってもらいたい。何か素敵なヒントが見つかるかもしれない。
川辺さん、どうもありがとうございました。
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