多様性がすっギョい映画『さかなのこ』
- 編集長 / プロデューサー
- 半澤絵里奈
2022年9月1日よりTOHOシネマズ日比谷ほかにて全国ロードショーとなった映画『さかなのこ』。
*冒頭画像 (C)2022「さかなのこ」製作委員会
誰もが知るさかなクンの誰も知らないすっギョい人生
『南極料理人』『横道世之介』等、愛すべき主人公を温かく描いてきた沖田修一監督の最新作。その原作はさかなクン初の自伝的エッセイ。主演をつとめるのは、精力的にクリエイティブ活動を続ける、女優・のん。好きなことに一直線で、周囲の人々を幸せにする不思議な魅力にあふれた主人公ミー坊を性別の垣根を越え体現する。また、ミー坊を信じてその個性をを応援し続ける母を演じる井川遥、幼馴染みのヒヨを演じる柳楽優弥をはじめ、不良役の磯村勇斗や岡山天音、映画オリジナルのキャラクターのモモコを演じる夏帆など、実力派の俳優が見事脇を固める。そして、なんと原作者でもあるさかなクンが映画が初出演を果たしていることにもギョ注目!(映画公式ホームページより)
さかなクンのファンだからという軽い気持ちで観た映画。
良い意味で大きく裏切られたのは、さかなクンの人生や生物多様性だけではなく、これはまさにダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン(DE&I)ど真ん中の映画だったことだ。公開したばかりの映画なのでまだ観ていない人のためにお楽しみを残しつつ、ぜひ注目いただきたいポイントを整理してみた。
男か女かはどっちでもいい、ほんとうに
さかな「クン」を演じるのは過去に「女優」賞も受賞している俳優ののん。この映画の公開を知り、予告を見たとき、どこまでセクシュアリティの壁を超えて演じるのだろうかという強い興味が湧いた。観終えて、男か女か以上に、さかなクンかそれ以外かであったし、ヒトとヒト以外の垣根さえ超えていく心地よさを覚えた。大海に真っ赤な絵の具を垂らしてもあっという間にその赤さが溶けて失われていくように、境目がどんどん曖昧になっていく。一方で映画のシーンのなかでは、社会のなかで男女間に起こる様々な事象も描かれていて現実からけして離れていかないからこそ、受け入れやすいキャスティングと演出であった。
回収されない伏線、それは伏線なんかではなく自分のバイアス
家族の在り方をめぐって「?」と思うシーンがある。しかし、この映画では、よくある物語のように謎の伏線を回収してはくれない。勝手に家族の事情に想いを巡らしている自分と向き合うことになり、「平均的に語られる家族像やライフスタイル」を想像している自分の浅はかさを思い知らされる。謎の伏線だと思っていたものは、伏線なんかではなかった。現実、この社会の中には様々な家族像があり、ライフスタイルがある。
生き物として好きだけどおいしそうに食べる姿が、矛盾の存在を包む
さかなクンをモデルに描かれたミー坊という主人公は魚類を心から愛し、生き物の適性に合わせた飼育を丁寧に行っている。その一方で、釣った魚をすぐに〆るし美味しく食べる。実際にさかなクンは生き物を愛しながらも、ご自身の公式YouTubeアカウント『さかなクンちゃんねる』でお魚ペロリというコーナーを展開しているし、過去のクイズ番組出演の様子を見ても食の造詣の深さは指折り。好きだけど食べちゃうのか、好きだから食べちゃうのか。
私たちの社会を見渡すと矛盾だらけだ。その矛盾をなくすべきかどうかは場合によるだろうけど、少なくとも私たちは矛盾だらけになっている自分や社会にもっと素直に向き合ってもいいのかもしれない。
「普通」というキーワードにもう一度疑問を
そして、なんと言ってもこの映画にはミー坊と自分とのちがいを知って認め合い、応援しようとする存在がたくさん出てくる。ミー坊やその周囲の人たちが、「普通」とは何か?真っ向から問いを向けるシーンが複数ある。加えて、ミー坊を応援する人々もまたミー坊の存在に支えられている姿を知ることもできる。
業務としてDE&Iに触れることが多い私にとっては、すっギョい多くのことを考えながら視聴する映画だったが、けして深刻にはならないやわらかさのある作品で、一人で観るのも、家族で観るのも、友達と観るのもおすすめだ。
ところで、本映画、おさかなファーストの撮影だったという。効果性・効率性を追求する時代に、「ちょっと待って、本当にそれがお魚たちにとって一番いいの?」という疑問について、一人が思っても制作現場全体の価値観を変えるのは難しい。映画も素晴らしかったが、パンフレットを読んで制作の裏側のエピソードも知ることができ、観客席から見えないところまで徹底的にこだわっているところに大きく心が揺さぶられる感じを覚えた。
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