大きいサイズのかわいい靴だけのお店 タルサタイムインタビュー
- 副編集長 / ストラテジックプランナー
- 岸本かほり
素敵な靴は、あなたを素敵な場所へと連れて行ってくれる。
母は靴を買うときにフランスのこの言葉をよく口にしていた。私の足は25.5~26cm、女性としては大きい方だ。気に入った靴があっても店員さんからの「すみません、これ以上のサイズはなくて…」という言葉に肩を落とした回数は数え切れない。「あなたの足は規格外。」と毎回言われているような気持ちになった。いつの間にかコンプレックスとなり、レディース靴売り場には寄り付かず、毎日スニーカーだけ履いて生活する日々を送っていた。
私を素敵な場所へと連れて行ってくれる靴には、いつ出会えるんだろう。そんなことを考えながら生きていると、ある日偶然インスタグラムでこんな言葉を見つけた。
少しの期待を胸に訪れてみると、そこはまさに私が履きたかった大きくてかわいい靴ばかりの夢の国だった。今回は創業者である丸山さんにお話を伺った。
25~28.5cmの可愛い靴だけのお店タルサタイム
Q.今年で創業36年目を迎えるタルサタイム、大きなサイズの靴屋さんを始めたきっかけは何ですか?
丸山さん「私は元々本屋に勤めていました。靴屋をやるとは思っていなくて。ただ、私足のサイズが24.5cmあって、当時このサイズのレディースシューズのバリエーションの少なさは問題でした。グアム旅行に行ったところ、大きなサイズのレディースシューズが選び放題であることに気づきました。グアムへ行くたび靴を買って帰るうちに自分の母や妹など周囲の足の大きい女性からも買ってきて、と頼まれるようになり、空のスーツケースを持っていき、いっぱいになるまで持って帰るようになりました。靴って、生きていく上で必要不可欠なものじゃないですか。日本にも選ばなければ自分だって履ける靴はある。でも、その選択はどこか妥協していて。もしかするとこの大きくて可愛い靴を売る商売をすると、喜んでくれる人がいるのではないか?と思ったのです。今は、主にヨーロッパからのインポート商品が多いです。」
Q.ニーズがあるのにも関わらず、大きな靴ってなぜ少ないのですか?
丸山さん「靴のビジネスって少し特殊で、原価率が高い。原価率はおよそ6割で、買い切り型のビジネスだからとてもシビアな商売です。レディースサイズでいうと、極端な話、人口が多い23-24.5cmだけを作るのが一番儲かります。どのサイズの靴を作るのにも、木型と抜型が必要になり、その型が高いのです。もし大きいサイズがあったとしても、同じ型で素材だけ変えているようなものになりがちです。」
このお話を伺い、これまで大きなレディース靴を見ても心が躍らなかったのは、似たような形ばかりだからだったのだということに気づいた。タルサタイムの靴には、様々な形・種類があることが特徴だ。
本屋での経験から生まれた、お客様ファーストの店内体験
Q.スタッフもみなさん足が大きいということですが、それはなぜでしょうか?
丸山さん「うちは靴を売っているというよりも、姿勢・気持ちを売っています。お客様の立場に立てる人が働いています。そこまでポリシーとして打ち出してはいないけれど、スタッフ募集をすると、自然と同じ悩みや思いを持っていた方が集まってくるのです。特に教育をしなくても、みんな自然にお客様の立場に立ってくれるんです。
靴は安い買い物ではないので、しょうがなく買うのと、いいと思って買うのとでは価値が違うと思います。うちでお金を使うということで、かけたお金の何倍もの嬉しい体験を提供できるといいな、と思っています。お客様同士で会話が弾んでいることもありますよ。」
靴屋さんの多くは、在庫を奥において、店員とのコミュニケーションを発生させることでモノが売れやすい仕組みを作っているそうだ。通常の靴屋さんは1デザインを出して、下にサイズ違いの在庫が積まれている形だが、タルサタイムでは同じサイズの靴を同じスペースにまとめて陳列している。
足が大きくてコンプレックスに思っている方も多いので、店員に「○○cmの靴ありますか?」と声をかけなくてもいいように、お客様ファーストで物事を考えるようにしているそう。これらは丸山さんのこだわりで、前職である本屋での居心地のいい店内・顧客体験がベースになっている。
靴を探すのも同じスペース内で探しやすく、声をかけると親切に接してくれる。初めてここに来た時に、足の大きな女性が店内に多くいて、みんな自分と同じ悩みや思いを抱えていた人たちなのだ、とこれまでに感じたことのない安心感を得た。
天国で履いてもらえる靴
Q.お店を作ってよかったな、と思うことはありますか?
丸山さん「やはり一番はお客様が増えて、感謝してもらえることです。足の大きさって遺伝することが多いから、親子3代にわたってきてくれる人がいたり、おばあさんが亡くなったときに、うちの靴をお棺に入れてくれた方がいたという話を聞いたりしました。オーバーかもしれないですが、うちの靴で幸せになってくれたんだな、と生活や人生に関わっていくような商売を逸脱するような経験はありました。お客さんからのそういったお声を燃料として今までやってきたところがあります。今は為替の影響で商売として苦しい側面もありますが、もっと多くの人に、このお店のことを知ってもらえるといいな、と思います。」
おわりに
終始飾らずに本音でインタビューに答えてくださった丸山さん。ビジネス構造としてシビアな靴屋さんを営む彼女の言葉は決してポジティブなものばかりではなかったが、36年間多くの足の大きな女性たちを素敵な場所へ連れていき続けたことはまごうことなき事実である。
タルサタイムで買ったお気に入りの靴で今日も散歩に出かける。この靴はこれから私をどんな素敵な場所に連れて行ってくれるのだろう。