オールジェンダートイレ~国際基督教大学が対話で目指したものとは
- 副編集長 / クリエーティブディレクター/DENTSU TOPPA!代表
- 増山晶
誰もが暮らしやすい社会を考える時、トイレなどのインフラは重要な要素だ。米ニューヨーク市では2016年、公共の個室トイレをオールジェンダートイレにする法案に市長が署名、男性用・女性用の表示が消えつつある。日本でも、教育機関や公共施設を中心にオールジェンダートイレの導入が進んでいる。これは、従来の多目的トイレやだれでもトイレとはどう違うのか。そもそも、そのようなインフラ整備にはどのような社会背景があるのか。大学本館(以下、本館)の改修に伴い、2020年9月にオールジェンダートイレを導入した国際基督教大学(以下、ICU)の学生部長、加藤恵津子教授にお話を伺った。
人権尊重を基盤としたキャンパスの風土
―まず、ICUの人権尊重ポリシー、中でもジェンダー・セクシュアリティに関するものについて教えてください。
1953年の献学以来、ICUの全新入生は入学式で世界人権宣言の原則にたち大学生活を送る旨を記した学生宣誓に署名を行います。恒久平和を担う人材を育成する大学として、女性差別だけでなくLGBTQ+差別の是正については、世界人権宣言はもとより、2017年の日比谷潤子前学長による学長宣言「人権侵害のない大学を目指して」においても、「ジェンダー、人種、国籍、出自、宗教、年齢、性的指向、性自認、性表現、障がいなどに基づく差別や、地位・立場を利用したあらゆるハラスメントは、形態の如何に関わらず許しません。」と、明記されています。
加藤恵津子教授/ICU
私はジェンダー研究センター(Center for Gender Studies、以下CGS)に2004年の設立当初から携わりました。学内のジェンダー・セクシュアリティに関する平等を実現するための仕組みづくりに取り組んでいます。2005年には今のジェンダー・セクシュアリティ研究メジャーの前身である学際プログラムもスタート。教養学部ひとつの中で様々な学びを組み合わせることができ、ジェンダー・セクシュアリティ研究と法律、ジェンダー・セクシュアリティ研究と物理学など、多様な学びが共存しています。
―CGS発行の「できることガイド」「やれることリスト」には、キャンパスのLGBTQ+サポート情報や要望などがまとめられ、公開されています。
それらのキットはもともとCGSの研究助手が作ったもので、LGBTQ+サークルが学内の改善要望をまとめたものなど、グランドレベルからの疑問や不安がすくい上げられています。CGSのウェブサイトにPDFで公開したため、他大学などから「ICUって、そう(LGBTQ+認識や支援が充実)なんだ」というイメージを持たれがちですが、CGSについては学生の間でも「知っている人は知っている」というもので、4年間ノータッチの人もいます。取り組みにこれが正解、という形があるわけでもなく、毎回手作り、来るもの拒まず、といった形で進めています。
―学生が発言しやすいことや、ジェンダー・セクシュアリティにおける人権尊重の風土は、他の大学にはなかなかないものだと感じます。
ICUは学部がひとつで、学生が3000人くらいという小ささが良いと思っています。その一人一人の違いすら表現するのが当たり前とされ、対話が奨励されます。そんな中で、キャンパスの多様性を考える学生サークルからの提言をはじめ、学生、教職員での対話が繰り返されてきました。
例えば、2017年にできた樅寮と呼ばれる学生寮には、「誰もがあるがままに受け入れられ、生活できる場」として、一人部屋で性別不問のダイバーシティフロアを設けました。本学の従来の寮は、基本二人部屋で、男性と女性が寮ごとやフロアごとに分かれています。そうすると、「お祈りをしたいけど、ルームメイトの邪魔になるのでできない」という意見や、「生活リズムが独特なので一人部屋がいい」、「男女別の環境では生活しづらい」という声を挙げてくれる学生がいました。こうした声もあり、ダイバーシティフロアのある寮ができたのですが、このアイデアは、寮生や教職員の話し合いの中から自然と出たものです。学生の声が、大学の風土を作っています。
トイレから男女別という前提をなくす
オールジェンダートイレの見取り図/ICU
―「できることリスト」「やれることガイド」でもトイレのあり方は検証されてきました。どのようにして今回のオールジェンダートイレが実現したのでしょうか。
トイレはインフラなので管財部門が主な担当となりましたが、ただ新しくするのではなく、新しいコンセプトが必要だという考えが関係各所に初めからありました。そこで大学がオールジェンダートイレの設置を前提とした上で、学生にアンケートを取ったのです。学生からは、その前提についても多数決を取るべきではないかという意見もありました。しかし、「すべての人にとって居心地の良い環境とは何か」を考えた時に、多数決で少数者の困難を否定しないことが大切です。アンケートの結果、何が学生にとって不安なのかがよく分かり、具体的な防音防犯対策に反映しました。
―これまでのだれでもトイレは、何が不十分だったのでしょうか。
まずは建物内の配置です。だれでもトイレはいずれも、わざわざ行かなければならない場所に点在していました。他の人にとっては使いやすい場所にあって授業の合間にさっと行ける「ふつうのトイレ」が、車イスやLGBTQ+の人にとっては使いづらい場所となっていました。本館の東ウィングにあっただれでもトイレは、中央にしかないエレベーターを使う車イスの人にとっては不便だったのです。LGBTQ+の人は、だれでもトイレを選んで使うことが、例えば「なぜ女子トイレを使わないのか」という何らかの表明を迫られることになり、トイレを我慢し続けて膀胱炎を発症したケースもあると聞きました。
―今回のオールジェンダートイレは、本館の中央ウィング、全フロアにあります。
オールジェンダートイレの入口/ICU
キャンパス中央の芝生の真ん中、誰もが通る通称「花道」から正面玄関を入った、その正面にあるのがオールジェンダートイレです。これは、特定の背景を持つ人に不利益をもたらさないという明らかなメッセージとなっています。
本館前の「花道」/ICU
―入ってすぐに広い車イス等対応の個室があり、四方に分けて入口が配された各個室内には手洗いもついています。男子小用もすべて個室対応で、快適だという男子学生の声もあるようです。
設備については、隙間なく包まれているような設計など、すべての個室がオールジェンダーにとって使いやすく、安心なものを目指しました。男子小用個室の配置などにより緩やかなゾーニングがなされており、「なんとなく男子が入りやすい」「なんとなく女子が入りやすい」入口があって、手洗いを含め、他の人とあまり顔を合わせずさっと使用して出られるような工夫がされています。
防音防犯に配慮された個室/ICU
男子小用個室も整然と並ぶ/ICU
ミラー&カウンタースペース/ICU
個別ミラーの手洗いスペース/ICU
持続的な人権尊重のために
―今後のキャンパスでの取り組みについてどのようにお考えですか。
よく質問されるのは、大学のトイレはすべてオールジェンダートイレにするのかということですが、建設中の新館も含め、特にそのようには考えていません。本館にも男女別のトイレが残され、共存しています。大切なのは、選択肢があること。そして、ある特定の背景がある人が不利にならないような選択肢の提示の仕方です。
2021年のインフラがずっとベストとは限りません。常に変わっていくキャンパスの中で、臨機応変に、常にオープンに、「ベターにしていく」ことが大切です。インフラも制度も、対話によって見直しを続けていきます。
―最後に、広くこれからの社会のために、ジェンダー・セクシュアリティと人権の観点から大切なことを教えてください。
私のターニングポイントは、CGSメンバーである院生助手から「LGBTQ+マターは人権マターなんですよ」と言われてハッとしたことです。人権を大切にする大学として、LGBTQ+マターに真摯に向き合ってきましたが、人権尊重とは、誰もが小さな頃から身につけるべき中核と言えるもの。これはトピックごとにバラバラに対応するものではなく、「困っている人を助けましょう」といった概念でもないのです。勉強するもの、暗記するものでもありません。まさに今、同じクラスにいる仲間、先生、家族、通学時に出会う人々との関わりの中で、小さな頃から人権という概念を自分自身の血肉として習得してほしいと思います。
筆者と加藤恵津子教授(右)
取材を終えて
トイレの話は、人権の話。トイレの基準を、キャンパスにおける人権課題として見直すことで生まれた、ICUのオールジェンダートイレという選択肢。それは、多様性と個の尊重が対話によって具現化されたものだった。加藤教授の言葉からは、誰かを排除している当たり前がないか、見直すヒントを多く受け取ることができる。人権尊重の概念を一朝一夕で習得するのはたやすくないが、対話の積み重ねこそが、誰もが暮らしやすいインクルーシブな社会を築く鍵なのだろう。
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