ノーマライゼーション発祥の国、デンマークのUDは居心地のいいデザイン
- アートディレクター/UDプランナー
- 植田憲二
ノーマライゼーションとは、障害者や高齢者などを特別に見守るのではなく社会の一員として同等に生活ができる仕組みを目指すという考えで、デンマークで提唱されスウェーデンで概念が広がったと聞きます。どちらかというと当事者が受け身ではなく社会的な役割を担うために支援されるという認識です。街中で学生グループの中に障害がある生徒が一緒にいるのを見かけましたが、積極的に行動している様子が当たり前のように感じました。
■デンマーク視覚障害者協会が所有するホテル「フールサングセンター」
首都コペンハーゲンのセンター駅から電車で約3時間、フレデリシアという綺麗な港街に着きます。そこからバスで15分のところにFuglsangcentret(鳥のさえずりセンターの意味)はあります。このホテルは、視覚障害者や弱視者が可能な限り最善の方法で移動できるように特別に設計されています。デンマークで最もアクセシビリティがあり障害者に優しいホテルの一つで、誰もが安全な環境でリラックスして滞在を愉しむことができます。宿泊するとやはり数々の発見がありました。
光差し込む中庭を囲むようにフロントから客室が伸びる / 点字の案内:右下
部屋入り口の天窓:右上 / 会議室前の水場:左下 / 床の素材が違う曲がり角:中下
触って分かるようにサイン文字は全て立体です。また部屋番号の下に「部屋ごとに違う形」がつけられ触るとすぐ分かる仕掛けになっています。曲がり角には必ず天窓があり床の素材や色が違うのは光や触感が合図になっているのです。カンファレンスルームへの曲がり角には鳥籠や泉があり音が合図になっています。部屋の中も天窓でドアの方向を感じることができます。そして壁のアートは全て触れます。五感で情報伝達することは実はシンプルなアイデアであることがわかります。
視覚障害を体験するアクティビティ
ホテル兼カンファレンスセンター(企業の研修にも使われる)になっているので、この日も5団体が宿泊していてレストランは大賑わいでした。車イスの人、白杖の人、老人から青年、手話が飛び交っていました。平屋建てのコテージのような広い建物なのですが、外周に視覚障害を体験できるアスレチックコースがあります(ディナー・イン・ ザ ・ダークのイベントもあり)。誰もが同等である体験はノーマライゼーションの概念を感じます。その上プール・サウナやビールバーも完備です。
アイマスクと白杖だけで歩きます。難しさと発見があります。
■ 鉄道・バス・歩道、交通でのダイバーシティ対応
「デンマークには山がない」ということはご存知でしょうか? つまりコペンハーゲンはフラットで世界一の自転車都市と呼ばれるのも肯けます。また環境や健康促進の政策として国家で取り組んでいるので専用道路も十分に整備されています。坂がないというのは楽ですよね。電車には「自転車・ベビーカー・車イス・大きな荷物」の持ち込みのための専用車両が概ねあります。しかもわかりやすく大きなピクトがデザインされています。
自転車やベビーカーでも気兼ねなく乗車できる
左より車道、自転車専用道路、歩道 :左下 / 石の素材を変える:中下
日本と比べるとかなり進んだ印象で隣国スウェーデンではベビーカー客は運賃が無料だそうです。バスも十分なスペースがあり折り畳み椅子がスペース確保のいいアイデアになっています。歩道は石畳が多いのですが、石の種類を変えることで点字ブロックの代わりになっています。おそらく元は水捌けの工夫だったと思われますが、今は同じ素材で街の景観を壊さず視覚障害者の役に立つというUDになっています。
■ 暮らしの中のUD、8HOUSEとルイジアナ美術館
8HOUSEは、商業施設・会社などの事業所・集合住宅の複合施設で単身若年から高齢者まであらゆる人のニーズに応えるべく建築されました。緑化された屋上が特徴的で上から見ると「8」の字になっています。これはどの家も日差しが入るように設計されています。まさにダイバーシティな集合住宅です。
車イスでも働きやすい緩やかなスロープ
ルイジアナ美術館は、世界で一番美しいと評されます。この美術館は自然に寄り沿って増改築され複雑な構造なのですが現在は内部と外部の段差がほとんどありません。これは郊外にある美術館に高齢者や障害者の来館を増やすためバリアフリーの改修工事を1982年より始めたことによります。そしていま美術鑑賞もさることながら海を一望できる広い芝生で過ごしたり昼食を楽しんだりとコペンハーゲン市民の憩いの場となっています。
増築した「こどものための部屋」左 / スンド海峡を望むレストラン
■お互いを信用し社会貢献する文化とHygge(ヒュッゲ)
北欧デザインと言ってもひとつではありません。デンマークはスカンジナビア半島にはなくドイツの北側に国境が面している国です。移民が多い印象もありました。人と違っても社会の一員の権利があるというノーマライゼーションは多民族との共生にもバリアを下げたのかもしれません。そして人との触れ合いの時間や居心地がよくて幸せな雰囲気を大切にする「ヒュッゲ」という暮らしの考え方がユニバーサルデザインの真ん中にあるような気がします。UDの旅は続きます。
写真:植田UD研究所 田代デザインスタジオ
「ユニバーサルデザインの旅」https://cococolor.jp/udnotabi
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