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Dec.

2024

column
26 Oct. 2023

インクルーシブフード②「なにも気にしない」って、いいな ~ 創作料理メゾンHANZOYAで学んだこと ~

高田愛
産業カウンセラー/キャリアコンサルタント
高田愛

このシリーズは、飲み物~食べ物まで、誰もが楽しめるインクルーシブフードの取り組みをご紹介すると同時に、この考え方が世の中に広がり、嚥下障がいのある本人、そして家族の自由な飲食の選択肢が増えることを願って連載を行う。シリーズ第一弾の記事は、インクルーシブフード①~誰でも、飲みたいものを。とろみ付き飲料自販機~。本記事は、その第二弾である。

「食べること」って、なんだろう?
突然だが、「食べること」には、どんな意味があるのか考えたことはあるだろうか?ベースは、生命維持のために必要な栄養を摂取すること。また、より厳選された材料で、良質な栄養を摂取し健康をはぐくむこと。他には、複数人で食卓を囲み、同じものを食べ、その日一日にあったことなど対話や時間を楽しむこと。など、一言で「食べること」と言っても、様々な段階や意味があるように思う。

今回は、食べることの意味を改めて考えさせられた、創作料理メゾンHANZOYAでの体験を紹介したい。新横浜駅から、ほど近くにあるこのレストランでは、病気や障がいなどで食事に不便がある方やその家族も、安心して食事を楽しむことができる。なぜならば、アレルギー、妊婦さん、お子様連れ、車いす、飲み込みが難しい方など、誰もが一緒にテーブルを囲み、同じ料理を気兼ねなく楽しめる環境が整えられているからだ。


言われなければ嚥下食と気づかない美しく、おいしい料理を堪能
私たちが体験したのは、嚥下フレンチ「スラージュ」のコース 。「嚥下(えんげ)」とは、食べ物を飲み込み、口から胃へと運ぶ一連の動作のこと。嚥下機能が低下すると、口から栄養を摂取するのが難しくなる場合もある。一般的には、加齢や障がいなどによって起こるとされている。嚥下食とは、嚥下機能のレベルに応じて、口に取り込まれた食べ物が飲み込みやすいように形状やとろみなど、嚥下しやすい形態整えられ、まとまりやすさなどを調整した食事のこと。


お店を予約する時点で様々な質問に答え、こちらの状況や要望を伝える。そうすると、嚥下の状況に応じて調理方法を変えたり、調理方法の判断が難しい場合は医師や調理師に相談したり、場合によっては、医師の同席など専門サポート体制を整えたりすることも可能とのこと。


店内に入った瞬間、空間の贅沢さに気持ちが上がる。出される食事は見栄えも美しく、ホタテや、牛ほほ肉、サーモンなど形はあるのに舌でつぶし、ほろほろほどけて飲み込むことが出来る。改めて気が付いたことだが、フランス料理であれば、ジュレやムース、ポタージュが出てきても何の違和感もない。とにかく、おいしい。うっかり、写真を撮り忘れてしまいそうになるほどだ。嚥下食ということを忘れて、おいしい食事と時間を堪能した。


心遣いを生んだシェフの経験
ここまで、対応しているレストランは珍しい。その体験を生んだのは、シェフ加藤さんのくも膜下出血を患った経験からだった。入院中に、術後初めて口にできた重湯やお粥、パンに塗って食べた苺ジャムなど「食べられることの凄さ」を、感じられたとのこと。

その経験からお店での心遣いをされる中で、印象に残ったお客様の姿を伺うと、「たくさんいらっしゃるのですが、個室に4人家族(お母様と、お父様と、娘さんと息子さん)が、いらした時のことですかね。生まれつき娘さんに障がいがあり、リクライニングの車いすで来られていて、お母様が食事の介助をされて、お父様がそんな二人を写真撮っていました。途中で、お父さんが介助を代わって、4人がリラックスして本当に楽しそうにされていました。こういうレストランに来て、みんなでワイワイ食事ができるのは幸せそうだなと、見ていて感じた。」とのこと。

続けて、「お客様のアンケートを取っているのですが、アンケートから“いつもは、大体20 分くらいで食事を済ませていたが、ここに来ると3 時間くらいかけてゆったり食事を楽しむことが出来た。”と、大体のお客様が仰います。」と、加藤さん。確かに、いつものようにご飯を作って、食べさせて、片づけて、自分が何を食べたんだかわからないといった目まぐるしい一連の作業が全くなく、全て配慮されたものが出てくる安心感。個室で、誰の目を気にすることなく楽しめる食事の時間は、身も心も満たされるものとなったのは想像に難くない。

何も気にしないって、いいな
著者である私も、口蓋唇裂障がいがあり、顎周りの手術は幾度となくしてきた。そのたびに、重湯から始まり、長い流動食、きざみ食となり、退院後も麺、もしくは、離乳食用のグラインダーやミキサーにかけた食事となり、外食は夢のまた夢。もちろんファミレスなどに行けば、食べられるものを選んで食べるわけだが、本当に食べたいものを食べることはできず、一緒に食事する人にも気を遣わせてしまう。

HANZOYAでは、「もしも複数人でいらっしゃる場合、例えば甲殻類が食べられない時は、一人だけ甲殻類を抜いた食事を出すのではなく、全員甲殻類を出しません。その方含めて誰も気が付かず、何も気にすることなく食事を楽しめるからです。」という。
別メニューを作ることで、一緒にいる誰かが食べられない人に対して申し訳なく思うことがないよう、メニューを分けるのではなく、みんな一緒のものを食べる。何も気にしなくていい、って心底いいなと思った。

分けるから、おかしなことになる
食後、シェフの加藤さんからお話を伺うことが出来た。中でも印象的な言葉は「分けるから、おかしなことになるんじゃないか」ということ。「フランス料理は、どんな料理も調理に膨大な時間がかかる。ほほ肉は、10日前から漬け込んでいる。最初のうちは、別々に作らないといけないと思ったりするが、同じ工程の中で、出来ることをすればいい。全員が食べられるものを作ればいいのだと発想を切り替えたら、出来ることはたくさんあった。だから、どんどん要望を言ってほしい。 」とのこと。

全てをインクルージョンするのは、あっちを立てればこっちが立たず、なかなか思い通りに進まないこともある。しかし「同じ工程の中でみんなが楽しめるものをつくるにはどうしたらよいか」と発想を転換すると、ずいぶん心持ちが変わると気が付かされる。私たち自身も、最初の摩擦を恐れず、対話が必要であることも教えられた。一緒のものを何も気にすることなく食べて、共有できる。この幸福感は、何ものにも代えがたい。そう思った。

取材・文: 高田愛
Reporting and Statement: aitakata

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