障害の有無にかかわらず、一緒に楽しむことができるパラスポーツへ -藤井郁美さんインタビュー・前編-
- ストラテジスト/PRプランナー
- 鈴木陽子
パラアスリートにとって3年ぶりの晴れ舞台が催された2024年。日本で開催されたパラスポーツの国際大会を経て、国内でのパラスポーツへの注目度が高まりつつある中で、セカンドキャリアのフェーズに入った元パラアスリートは、今後のパラスポーツの発展についてどんな理想を思い描いているのでしょうか。
車いすバスケットボール女子日本代表のキャプテンを務め上げ、2022年1月に現役引退を発表した藤井郁美さん。現在は電通デジタル サステナビリティ推進部で、所属アスリートの広報やマネジメントなどのパラアスリート支援に携わる一方で、社外では神奈川の女子車いすバスケットボールチーム「Wing(ウィング)」のヘッドコーチとしても活動しています。パラスポーツコンサルタントとしての業務と社外でのコーチ活動の二本柱で多忙なセカンドキャリアの日々を送る藤井さんが描く、パラスポーツの未来についてお伺いします。
大きな国際大会を経験した日本のパラスポーツ環境の変化
– 2021年に東京で開催されたパラスポーツの国際大会から3年が経ちましたが、いま、パラスポーツを取り巻く環境にどのような変化を感じますか?
最近では、SNSなどを通じて選手自身が情報を発信する機会が増え、メディアでも様々な競技の結果が取り上げてもらえるようになったことは、大きな変化だと思います。
一方で、電通デジタル(以下、DD)に所属しているのは個人競技の選手が多いのですが、活動費の面で悩んでいる選手が多く、アスリートが活動するために本当に必要な資金面は、依然として課題が残る状況です。
そんな中、「テレビ放送でパラスポーツの試合を見たい」というような声が、アスリートの身内からではなく、一般の人たちからSNSで上がるようになったことは、パラスポーツへの注目度が変わり、応援したいと思う人が増えてきたということなのだと思います。車いすバスケに関しては熱狂的なファンが増え、天皇杯などの大会には何千人もの観客が集まるようになりました。そういう意味で、一般の方々におけるパラスポーツの盛り上がりを感じますね。
– 一般の方々の変化は、自国開催の国際大会を実際にテレビで見たことが要因として大きかったのでしょうか。
そうだと思います。国内での開催ということで時差もなく、さまざまな競技が複数の放送局で放映されました。ただ、例えばイギリスやドイツなどの海外では、スポーツチャンネルでパラスポーツが何十年も前から日常的に放送されていて、クラブチームも存在し、一般の人たちの熱量も違います。
最近は日本のアスリートが出場する試合を動画サイトのライブ中継で見る人が増え、コメント欄も盛り上がる様子が見られるので、これからより多様なチャネルで試合が見られるようになっていって欲しいですね。
今後の日本におけるパラスポーツの理想のあり方とは
– これからの日本で、パラスポーツはどのような存在となり、どのように盛り上がっていってほしいと藤井さんはお考えですか。
パラスポーツは基本的には障害のある人たちが行うスポーツですが、最近では障害の有無にかかわらず、純粋に競技として実施できるものが増えています。障害のある人もない人も、分け隔てなく、一つのスポーツとしてお互いを尊重し合い、認め合いながら、さらに健常者も一緒に楽しめる環境が増えていくといいなと思います。
例えば、北九州市で毎年秋に行われる「北九州チャンピオンズカップ国際車いすバスケットボール大会」では、市内の小学校が集まり、車いすバスケの大会を行います。この大会では、パラアスリートが出場するチャンピオンシップ大会と北九州の小学生の車いすバスケットボール大会が一緒に開催されるんです。これは北九州市が長年取り組んでいる活動の一つです。
参加するのは小学生のこどもたちなので、障害がない子がほとんどです。彼らは車いすバスケを通して、スポーツとしての勝負の楽しさや悔しさに加え、思いやりや仲間を認めることの大切さ、そしてチャレンジすることの素晴らしさを学んでいます。車椅子というものに乗ってスポーツをすることで、健常のこどもたちが何らかの不自由さを体感します。そこで、友達にどうパスを出せば相手が取りやすいか、どうすればプレーしやすいかを自然と考えるようになるんです。私にも小学生のこどもがいますが、立ってバスケができるのであれば立ってやればいいのではないかと思ってしまいがちです。でも、広い視点で見ると、車いすバスケを通してそういうことを学べる機会になっているんです。
パラスポーツは福祉の一環として捉えられがちですが、この北九州市の事例のように、パラスポーツが一つのスポーツとしてもこどもたちが学びを得るものになってほしいと思いますし、そういう機会が日本各地で増えるといいなと思います。
(インタビュー中の藤井さん)
周囲の人を巻き込み、身近なところからパラスポーツを根付かせていきたい
– ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DEI)の考え方に触れるきっかけにもなり、他のスポーツと同様に勝負の楽しさやチームプレーを学ぶ機会にもなるのが、パラスポーツに多様な魅力があることの表れだと思います。
そのようなパラスポーツが一つのスポーツとして楽しんでもらえるようになるために、藤井さんご自身で取り組んでみたい活動があれば教えていただけたらと思います。
まずは、自分が住んでいる地域などの身近なところで、「こういうスポーツがあるんだよ」ということを知ってもらうことが大切だと思っています。
私は今、宮城県に住んでいるのですが、宮城県の角田市では男女ともに代表の合宿が行われていて、市民の方々がその合宿を手伝ってくれているんです。元々は女子代表の監督が角田市に縁があったことから手伝い始めてくださったのですが、そこから何年もお付き合いが続いています。
さらに、2021年の東京での国際大会をきっかけに、市が市民向けの競技用車いすを10台も購入してくださり、そのバスケ車がいつでも乗れる状態で体育館に常備されているんです。こどもたちは体育館に遊びに行った時に、そのバスケ車を使って「車いすバスケやろうよ」という感じで遊んでいます。
このように地域の人たちを巻き込みながらパラスポーツを盛り上げていくことはすごくいいなと思いますし、ありがたいなとも感じました。私自身も、身近なところでパラスポーツを根付かせるお手伝いができたらと思っています。
– 地域の人たちとだけでなく、会社でも同様の取り組みができるかもしれないですね。
そうですね。様々な競技の選手を雇用している電通デジタルだからこそ、できることが沢山あると思います。チームDDとしてパラアスリートみんなで学校を訪問したり、地域のイベントに参加したりできたらいいなと、以前から思っています。
電通グループ全体でも各地域にアスリートがいるので、個々の会社を超えて地域ごとに集まってイベントを実施することも可能だと思います。グループ全体でアスリートを抱えているのはすごいことだと思うので、社会への発信や貢献の機会も作っていけると思います。全国を行脚してパラスポーツの魅力を広めていきたいですね。
充実したセカンドキャリア生活の中で、パラスポーツや車いすバスケットボールへの恩返しの意味も込めて、様々な活動に取り組まれている藤井さん。後編では、パラアスリートが社会の中で果たす役割やDEIを推進する上で大切だと考えていることについてお伺いします。
(藤井郁美さんプロフィール)
15歳の時に悪性骨肉腫を発症し、右大腿骨、膝を人工関節に置換。高校のバスケ部顧問に車いすバスケの存在を教えてもらい、20歳から本格的に始めた。2016年以降、数々の大会で日本女子代表のキャプテンとしてチームをメダル獲得に導いた。東京2020パラリンピック競技大会にもダブルキャプテンのひとりとして出場。その後、2022年1月に現役引退。
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