髪の毛を誰かにあげたむすめの話
- 編集長 / プロデューサー
- 半澤絵里奈
娘が「髪の毛を切りたい」と言い出した
毎週土曜日、おだんごを結ってバレエの練習に励んでいた4歳の娘が、7月末に無事バレエの発表会を終えた。そして「髪の毛を短く切りたい」と言い出した。
毛先に天然のカールがかかった娘のロングヘアが好きだった私は渋った。しかし、娘の決意は固く変わりそうにない。子供のヘアカットというと、切った毛髪を筆にする人も多い。「それも思い出づくりにはなるなあ…」と思いつつ、どうせ切るならヘアードネーションに参加しながら、自分とは違う環境や状況にある同世代のことを一緒に考えてみるのもいいなあと思い、娘に話してみることにした。
とはいえ、相手は4歳児。いきなり「ヘアードネーションしてみない?」と言っても話が通じないので、ヘアードネーションが誰に対するどんなことのためのものなのか丁寧に説明をすることにした。そういえば、娘は今年の春に少し入院をしたことがあったため、そのときに自分以外にも入院している子供達がいたことを思い出してもらった。
いろんなお友達のことを思い出してみる
私:「この前、入院したとき、病院にお友達いっぱいいたね」
娘:「うん。点滴がご飯の男の子とか、長く入院しているお姉さんとか」
私:「そうだったね。あの病棟にはいなかったけれど、病気によっては、お薬や治すときの方法によって髪の毛が抜けたりする子もいるんだよ」
娘:「ぱらぱらーって?」
私:「そうそう。そうすると、髪の毛が少なくなってしまったり、つるつるになることもあるよ。その時は、髪の毛を結んだり、アナやエルサみたいに編んだりはできないの」
かわいそう、という価値観だけでくくりたくない
髪の毛が伸びるのが遅いことはあっても、抜けてしまったり、髪の毛が生えないことがあるということを初めて知り、普段、保育園に行く前にポニーテールや、二つ結び、編み込みなど、好きな髪型にしていた娘は、同じようにできない子供達がいることにとても驚いた。
娘:「好きな髪型に出来ないのはかわいそうだね」
私:「かわいそうかどうかは、ママにはわからない。病気は大変だけど、治そうと思って頑張っているお友達がかわいそうかどうかは、人によってどう思うか違うと思う」
娘:「そっかあ。かわいそうに思うけど、かわいそうじゃない人もいるんだね」
娘はすぐにかわいそうだと思ったようだ。それは子供の純粋な感想だとは思ったが、かわいそうかどうかは本当にわからない。大変な状況でも、人は輝いて生きていたり、希望を叶えたりする。髪型ひとつでがらりと変わる気持ちもある一方で、けしてかわいそうだとは思って欲しくなかったので、娘にいろんな考え方があることを話した。
ヘアードネーションの提案と、ボランティアということ
私:「でもね、お外に出るときは髪の毛が欲しいなと思うお友達もいて、そうゆうお友達に髪の毛をあげることもできるよ」
娘:「えー!どうやって!」
目をまん丸くして興味津々の娘を見て、これは良い反応だと思った。
私:「髪の毛を長く切って、それをプレゼントするの」
娘:「私、髪の毛短くしたいから、切った髪の毛全部あげるよ!あげたら、お友達よろこぶかな?」
私:「きっとよろこぶよ。その子も、その子の家族もきっとよろこぶよ」
娘:「じゃあ、私の髪の毛、あげる!」
私:「髪の毛をあげたお友達に会ったり、ありがとうって言ってもらえたりしないけど、いい?」
普段、何かをしてもらった相手にはきちんと「ありがとう」を伝えるようにしつけている手前、相手の感謝の気持ちを直接伝えてもらえないという点も4歳児には説明が必要だった。ヘアードネーションは、全国各地から集めた毛髪をまとめて加工し、ウィッグを製作するため娘の毛髪が誰のもとにいくかはわからないし、誰が使ってくれるかがわからなくても「どこかで誰かのためになっていればいい」という、ふわっとしたボランティア精神も娘に知って欲しかった。実際、私はそうゆうふわっとした精神で年に数回献血をしているので、その話もした。
すると、あっさりと娘は快諾した。
こうして、娘は「ヘアードネーションするぞ」という意気込みはほぼ無く、「早くショートカットにしたい!」という欲望で美容院へ行き、ヘアードネーションに参加した。それでも、切って一つに結われた髪の毛を両手に持ったときには、私と一緒にヘアードネーションに参加するにあたって話をしたことを思いだしたようで「誰かが笑顔になるといいね、ママ」と言った。
ヘアードネーション協会 代表 渡辺氏に話を伺った
後日、ヘアードネーションの活動をする日本で唯一のNPO法人Japan Hair Donation & Charity(通称 JHDAC)代表の渡辺貴一氏(45歳)に取材をすることができた。
JHDACは、それぞれロンドンやNYで美容業に携わった美容師3名が大阪で立ち上げ、2009年にNPO法人化。協力会社数社と共に、毛髪の寄付受付、及びウィッグ製作・提供の活動を実施している。
活動について渡辺氏に伺ったところ、「ボランティア活動の盛んな(海外の)地域での生活経験があるからかもしれませんが、僕たちは何か特別なことをしているという意識はあまりなくて、これまで廃棄していた髪の毛を活用できるのであればと思い、美容師という職業の延長線上の活動と捉えてやっております」と話をしてくれた。
また、人毛100%のウィッグを18歳以下の子供に限定して提供している理由については、高校3年生にあたる18歳を学校等での共同生活の最終学年と考え、見た目が人と違うことで気後れしてしまうことが出来るだけ無いように、自然な髪型に近い人毛のウィッグを提供したいとの想いからだと言う。
活動当初は、小児がんの治療の副作用によって頭髪が抜けウィッグを希望する子供や家族が大半を占めていたが、現在は無毛症や脱毛症、抜毛症など、ウィッグを必要とする理由は多岐に渡っているそうだ。
『しない自由』も尊重するのが多様性
この夏、JHDACには国内外から自由研究で訪れる学生が多数いたそうで、取材の中で、渡辺氏がとても大事にしているということを話してくれた。
「もちろん、質の良い髪の毛がたくさん集まればいいなというのはあります。ヘアードネーションの認知が上がるのはありがたい。しかし、僕たちは、ヘアードネーションをするべきみたいな考えは押しつけたくない。『する自由』の一方で、『しない自由』も尊重することが多様性だと考え、自由研究で来てくれた学生の皆さんや連れてきてくださった親御さんにもそれを丁寧にお伝えし、ボランティアとは本質的にどうゆうものなのか考えてもらうようにしています」。
今回、娘は、ヘアードネーションという経験を通じて、自分と違う環境で生きる人のことを知り、心を寄せ、彼女の意思で行動するという経験をした。親は機会を提供することや世界を広げる手伝いはできても、子供の心を変えることはできない。世の中にある様々なダイバーシティ課題について、これからも、子供の理解できる範囲の言葉や体験に置き換えて、少しずつ娘と一緒に考えていきたいと思う。
◆ヘアードネーションとは
病気の治療の副作用や、頭髪・毛髪に関わる病気を理由として髪の毛を失い、ウィッグを必要とする人々に、ウィッグの原料となる毛髪を間接的に提供すること。寄付された髪の毛は、JHDACをはじめとする団体によって集められてから、選別・加工の工程を繰り返してウィッグとしての完成に至り、必要とする人々の下に届いている。
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