あらゆるコミュニケーションがオンラインになる今、パラスポーツが教えてくれること
- メディアプランナー
- 八木まどか
私たちを取り巻く生活のあらゆる面が、わずか1,2か月の間に劇的に変わりました。
変化の量やスピードは、人や地域によって大きな差がありますが、感染力が非常に高いウィルスの特性上、私たちは人と距離を取らないといけなくなり、コミュニケーションの取り方が根本から変わっていきました。
この、コミュニケーションの劇的な変化は、すべての人が当事者である、と言えるでしょう。この状況に、多くの人が戸惑っているのではないでしょうか。
そう投げかける私自身、いまだにこの環境に慣れることができていません。でも、そんな中でも、私がなんとかこうして仕事をし、発信することができているのは、「パラスポーツに出会ったから、気付けたこと」があるからです。
今日は、こんなときだからこそ、皆さんにぜひシェアしたい、パラスポーツが教えてくれること、を3つご紹介します。
①環境のせいにせず、工夫して道を切り開くパラアスリート
私にとって最大の生活の変化は、在宅勤務への切り替えでした。
オンライン会議では、相手の表情がうまく読み取れなかったり、音の途切れやタイムラグのせいで「間合い」が取りづらかったりして、発言を躊躇してしまうことがありました。
いかに、今まで五感をフル活用していたか思い知りました。
視覚情報は基本的に四角い画面に映るものだけ。聴覚情報は常にスピーカーを通して。嗅覚、触覚、味覚の情報は一切なし。
「伝わったのかな」「私だけ聞こえてなかったらどうしよう」という不安に振り回されるのに疲れて、その結果、自分からコミュニケーションを取ることが億劫になっていきました。
そんなときに思い出したのが、以前取材をしたパラスポーツを追いかける写真家、越智貴雄 さんの言葉です。
「パラアスリートは、苦しい環境でも自分で工夫して道を切り開いてきました。だから、全員が先駆者です。」
2月に取材したカメラマン・越智貴雄さん
越智さんの言葉や、これまでに出会ったパラアスリートの姿、その姿勢に刺激されていた過去の自分に気づきました。また、自分とは比較にはならないほど、情報や移動が制限された状態で今までも生活してきた人がいると思い出しました。そして彼らは、さまざまな工夫をして、私とコミュニケーションを取ってくれました。それと比べて、私は、ツールや環境を言い訳にして、勝手に人と自分との間に線を引いていただけだと気づきました。
パラアスリートも、現在は感染リスクと練習場所の利用制限のため、さまざまな不安を抱えて生活している人が多いそうです。きっと、そんな状況でも、彼ら、彼女らは、自分たちのやるべきことを貫いているでしょう。
②「つながる場」としてのスポーツの役割
一方、人が集まれない状況になり、改めて気づいたスポーツの価値がありました。それは、スポーツや文化は、人との出会いが生まれる「場」だったということ。
車いすラグビーワールドチャレンジ2019の様子
一流選手のスーパープレイは、今はスマホを通して一人で見ることもできます。でも、スポーツができる場所に行けば、新しい出会いがあるかもしれないという期待を、私はいつも持っていたような気がします。プレイヤーやサポーターとして場に加われば、仲間を見つけられるかもしれない。観客としてその場にいたら、面白さをつい誰かに話したくなる。そのように、人と人とをつなげる「媒体」のような力があったのだと。
パラスポーツの場合は特に、プレイヤーだけでなく、サポーターの存在が大きい点で、出会いがより多様に広がります。
たとえば、私は陸上競技をやっていたので、パラ陸上競技から関わり始めました。義肢装具を使うランナーと一緒に走るランニング教室に参加することで、幅広く「走る」という共通の趣味を持つ人と出会い、義肢装具士の方とも交流できました。何より、そこでの練習時間が非常に濃いのです。義肢装具を使いながら走ることは左右のバランスなどを繊細に意識するため、「そんな体の使い方があるんだ」と自分の走りに役立つ発見が多いからです。
筆者が通うランニング教室。この日はトーゴ出身ランナー・メンサ選手も参加
主催:オスポ(オキノスポーツ義肢装具)/ギソクの図書館 ※2019年12月撮影
撮影場所:新豊洲Brilliaランニングスタジアム
また、スポーツは人の「居場所」としての役割も大きく担っていました。
特に若手のアスリートにとって、部活動や地域のクラブ活動は、学校の教室でもなく、家でもなく、もう一つの大事な居場所だったはずです。
さらに、スポーツにおいて「試合」の存在は努力する目的だけではなく、「舞台に上がる」という大事な作用がありました。つまり、自分の身体が人目にさらされ、日常とは異なる世界に出るきっかけが試合。「自分と社会がつながる場所」です。
パラスポーツにも、ハンデを負った人のリハビリだけでなく、社会復帰の「きっかけ」になると着目したドイツの医師・グッドマン博士が発展させた歴史があります。当時、世界的に最先端だったその思想を、大分県出身の医師・中村裕先生が1960年、留学先のグッドマン博士のもとで学び、日本へ持ち帰り、1964年の東京パラリンピックにつながりました。書籍『中村裕』(文:佐藤慎輔、イラスト:しちみ楼、小峰書店)は、大人も子どもも一緒にパラリンピックの歴史を学べる1冊です。
そのような「つながる場」としてのスポーツの価値を、今までと違う形で代替することは可能なのでしょうか。たとえばeスポーツ大会が開かれたり、SNSでアスリートたちの自宅トレーニングをアップされたりと、今まさに多くの人が模索中でしょう。
私は、スポーツの場合、ツールやテクノロジーの開発だけでは、オンライン上で代替することは難しいと思います。必要なのは、自分や他人の身体に、技術を落とし込む思考を共有するための対話です。
なぜなら、身体感覚は言語化が非常に難しいからこそ、リアルな場での対話が必須となり、人と人がつながらざるを得なかったからです。
テクノロジーの開発と、社会や人になじませる対話の両輪を試みていると感じ、私が注目しているのは、義肢装具などモビリティに関わるテクノロジーを扱うXiborg社です。
代表の遠藤謙さんは、パラスポーツをする意義は、本来、社会全体の変革のためだということを、パラリンピック延期をきっかけに考え直したいとし、4月24日、オンラインイベントを開催。ルワンダで活動する日本人義肢装具士・ルダシングワ真美さんをゲストに迎えたディスカッションと、アプリを使ってランニングスタジアムをバーチャル空間で再現し、「場」に集まる疑似体験を提供しました。現役のパラスリートや、海外の参加者含め約30名が交流し、私も、家にいながら走ることの意義深さを改めて考えさせられました。
4月24日のオンラインイベントの動画。次回は5月15日開催予定。
③はじまりは、身体を大事にすることから
最後に、当たり前ですが「自分の身体を大事にすること」を痛感しました。4月、車いすテニスの国枝慎吾選手が、NHKのインタビューに対して「無理して気持ちを上げようとは思わず、今は電源を切っているし、それでいいと思う。」と答えていました。
これを聞いて、私は正直ほっとしました。非常時は周囲の動きに過敏になり、つい無理をしてしまいがち。また「もっと大変な人がいる」と思い、自分の感情や身体感覚を蔑ろにしてしまうこともあるでしょう。もちろん、自分の身体の個性は自分で背負うしかありません。しかしその身体は、家族や友人など、誰かの大事な身体でもあるのです。
コミュニケーションの方法が変化しても、きっとこれからも、私たちは誰かと心を寄せ合って過ごしていくことは、変わらないはずです。今は急激な環境変化に工夫して対応するしかなく、直接人や社会とつながりにくいかもしれません。だからこそ、今の自分の身体でできることを、一つひとつ積み重ねていこうと、パラスポーツが教えてくれました。
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