まずはわたしから、インクルーシブになること:カンヌライオンズ2019レポート
- 共同執筆
- ココカラー編集部
6月、日本の梅雨から逃れるように、快晴が続くリゾート地、南仏・カンヌに訪れました。目的はバカンスではなく、世界3大広告賞の一つである「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル(以下:カンヌ)」に参加すること。
cococolorでは昨年、「テクノロジー×ダイバーシティ」という視点から、カンヌの受賞作を紹介する記事をお届けしましたが、今年は私が実際に現地に参加して感じたこと、現地の空気を吸って初めて分かったことも交えながら、「クリエイティビティとダイバーシティ/クリエイティビティとインクルーシジョン」について考えてみたいと思います。
#テクノロジーによる体験の民主化
カンヌは、世界90か国・地域から30,000点以上の作品が応募される、世界最大規模のクリエイティビティの祭典です。世界各国から審査員が集められ、部門ごとにグランプリと金銀銅賞、入賞作品が発表されます。
実はカンヌに行く直前、「ダイバーシティやインクルージョンの視点を持って見てきてほしい」と依頼され、普段よりアンテナを張りながらカンヌに降り立った私でしたが、その必要はなかったかもしれません。
というのも、今年は初日から最終日まで、多くの部門で「障害を持った人にブランドがどう向き合うか」という施策が話題となり、そして高く評価された年だったからです。
デザイン部門グランプリのGoogle「Creatability」は、目の見えない人が絵を描いたり、耳の聴こえない人が音楽を作ったりと、障害を持った人がそれぞれに合わせて創作活動を楽しむことができるクリエイティブツールです。Web技術やAIを駆使して開発され、オープンソースで提供されているため、誰でもURLにアクセスするだけで使うことができます。
またイノベーション部門でグランプリを受賞したのは、WAVIO「See Sound」。赤ちゃんの鳴き声から料理の音、テレビの音や通知音まで、自宅では様々な音が発生しますが、耳の不自由な人が音に気づくのは至難の業です。そこで、200万ものYoutubeビデオから膨大な音声データを収集し、AIのラーニングシステムによって解析。75種類もの音を聞き分け音の内容を特定し、スマホへメッセージで知らせる世界初のアラームシステムを開発しました。
これらの受賞作に共通していたのは、「テクノロジーによる体験の民主化」を行っている、という点です。今まで、企業の製品やサービスをそのままの形で利用することが難しかった人たちにも、進化したテクノロジーとクリエイティビティの力を活用すれば、同じように製品やサービスを利用・体験してもらえるようになったのです。
#ダイバーシティはもはや当たり前
カンヌでは数年前から「ソーシャル・グッド」や「ダイバーシティ」を意識した作品が評価される傾向が続いてきました。そんななか、今年現地でセミナーや授賞式に参加していて感じたのは、「ダイバーシティ」はもはや、声高に唱えられるスローガンではないということです。
カンヌでは授賞式の他にも、企業や広告代理店、メディアが主催するセミナーが多く開かれます。5日間の会期中、”インクルーシブ”という単語を聞かない日はないというほど、会場のあちこちで熱のこもった議論が起こっていました。
“Making the Fashion Industry Inclusive – One Innovation at a Time”(「ファッション業界をインクルーシブに – イノベーションをひとつずつ」)
“Enable Everybody or Reach Nobody: Why Accessible Brands Will Win” (「すべての人ができるようにしろ、さもなければ誰にも届けられない:なぜアクセシブルなブランドが勝つのか」)
“Pride or Pinkwashing”(「プライドか、ピンクウォッシングか」)※注1
“AI Empowering the Blind Community”(「AIが視覚障害を持つ人のコミュニティを活性化する」)
これらはセミナーのタイトルのほんの一部ですが、それぞれのセミナーは、社会の一般的な課題として議論するだけではなく、「それぞれの企業やブランドがいかにインクルージョンを実現するか」という、より具体的でシャープな問題意識を持っていたように感じました。
それは裏返せば、「グッド」や「ダイバーシティ」という考え方が社会にある程度浸透してきた結果、単に社会問題に対するポーズやメッセージを発信するだけでは、消費者の注意を惹くことも、信頼を得ることもできなくなったから、と言えるかもしれません。
#なぜインクルージョンするのか?どうインクルージョンするのか?
今やカンヌの受賞作のうち、65%もの作品が社会問題を扱うと言われているなか、今年の受賞作が他と違っていたのはどういうところだったのでしょうか?
Brand Experience & Activation部門でグランプリを獲得したXbox「Changing The Game」は、身体に障害のある子供たちが、自分の障害に応じて自在にカスタマイズし、遊ぶことができるゲームコントローラーです。
https://youtu.be/CM2QJO2IDFo
“When everybody plays, we all win”(「みんながプレイすれば、私たちみんなが勝者だ」)という、Xboxだからこそ発信できるメッセージが印象的に残ります。そして、コントローラーの開発と販売、その広告キャンペーンに留まらず、このコントローラーを使ったe-sports大会を開催するなど、多面的で効果的なアクションも評価されました。
Digital Craft部門でゴールドを受賞したHuawei「StorySign」は、聴覚障害を持つ子どもたちのためのスマートフォンアプリです。アプリを起動し本の中の文章にかざすと、アバターがハイライトされた単語を手話で表現します。HuaweiのAIをフルに活用することで、たとえ両親が手話を知らなくても、識字学習ができるようになりました。世界最大の出版社であるペンギン・ランダムハウスとも提携し、蔵書をさらに拡大していくそうです。
グランプリやゴールドを獲った作品の多くは、ブランドの目的が明確に打ち出し、そしてそれを発信する広告にとどまらず、サービスや商品の開発にまで踏み込んでいます。
「それぞれのブランドだからこそ取り組むべきこと、解決できることは何か?」
「メッセージの発信にとどまらず、実際に取り組んでいるかどうか?」
プライドを持ち、ターゲットやコミュニティに対してリスペクトを抱き、関連する社会課題を真摯に捉え、それを具体的に解決する行動にまで踏み込んでいる企業・ブランドこそが、消費者に信頼され、結果的にビジネスも成功させる。
ある意味でとても健全な、と同時にとてもシビアな時代になってきたのかもしれません。
#わたしからはじまるインクルージョン
毎日夕方から始まる華々しい授賞式を眺めていると、ふと「そういえば、日本がなかなか受賞していないな?」という疑問が頭をよぎりました。トロフィーを高々と掲げるのは、欧米のグローバルブランドの広告やキャンペーンばかり。これは別の世界の出来事なのでは?と感じてしまうほどでした。
振り返ってみると、日本で生まれ育ち、日本の企業で働いている自分の日常のなかで、「インクルージョン」を意識する機会はほとんどありませんでした。世界のクリエイティビティの最前線からは一周も二周も離れていることに、愕然としました。
そして、帰国してしばらく経った今、あれだけカンヌでインクルージョンの洪水に揉まれても、その違和感を忘れてしまいそうになっている自分がいます。そんなときに思い出したのが、モバイル部門の審査員長Ali Weiss氏が語った、“Listen to your heart !” という言葉です。
「迷ったら自分の心に聴け」。これは、喧々諤々の審査が紛糾したときにAli氏が語った言葉だということで、私は現地で日本人審査員の方から伝え聞きました。
ソーシャルグッド、ダイバーシティ、そしてインクルージョンというような言葉は、あまりにスケールが大きく、そして一面的に語ることがとても難しい、複雑な問題です。それは審査でも同じようで、ときには審査員の意見が真っ二つに割れることもあるそうです。
そんなとき重要なのは、「じゃあ、わたしはどう思うの?」という問いではないでしょうか。社会みんなが取り組むべき課題であるのは確かですが、それを考えるのは、そして取り組んでいくのは、あくまで一人称の「わたし」である。
大きな主語で語ろうとするのではなく、まずは最小の主語から考えていく。そして、一人ひとりの意見を認め合いながら、お互いがお互いをインクルージョンしていくことが、結果的にダイバーシティを実現する。
「わたしにとってインクルージョンとはどういうことか?」
「わたしだからできるインクルージョンとは何なのか?」
企業もブランドも、まずは「自分たちはどう思うか?」からはじめてみよう。
今年のカンヌが示していたのは、そんな当たり前の問いかけだったのかもしれません。
私はこの記事を執筆することをきっかけに、cococolorの編集部に参加させていただくことにしました。
カンヌから持ち帰った違和感を忘れないためにも、これから取材や記事の執筆を通して、自分なりに考えていきたいと思います。
※注1 ピンクウォッシング:企業や政府機関などがLGBTQフレンドリーな姿勢をアピールし、先進的で寛容な印象を作り出そうとすること。マイナスのイメージへの注目を逸らすために利用しているだけではと、批判のために使われることもある。
執筆者 野村隆文
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