世界のテクノロジー・コミュニケーションの祭典とダイバーシティ(後編)
- プランナー
- 大塚深冬
前回の記事では、「サウスバイサウスウェスト」をダイバーシティの視点をもって振り返りましたが、後編では、世界のクリエイティブ祭典「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル(以下:カンヌ)」に注目してみたいと思います。
カンヌ —世界最大のクリエイティビティの祭典—
広告関連のフェスティバルの中でも、エントリー数・来場者数ともに最大規模のカンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル(以下:カンヌ)がフランス、カンヌ市にて6月18日から22日で開催されました。世界90か国・地域から30,000点以上の作品が応募されたこのイベントは、文字通り、クリエイティビティの祭典といえるでしょう。
カンヌでは近年、「ソーシャル・グッド」や「ダイバーシティ&インクルージョン」といったキーワードがホットワードになっているように、企業やブランドの広告を超えたクリエイティブ且つ包括的な施策が高く評価される傾向があります。今年は、「コミュニケーション」「クラフト」「エンターテイメント」「エクスペリエンス」「グッド」「ヘルス」「インパクト」「リーチ」「イノベーション」の9つのトラックに26のアワードという構成でした。ここでは3作品をピックアップしたいと思います。
Cannes:あなたの言葉を、あなたの声で
The Times of London : JFK Unsilenced
1963年、テキサス州ダラスで銃弾を受け亡くなったケネディ元大統領。彼の生前の800以上の肉声データを人工知能によって解析し、暗殺された当日にする予定だった演説を音声で再現したのがこの「JFKアンサイレンスド」です。
55年間読まれることのなかった原稿を、データテクノロジーによって肉声で蘇らせたクリエイティビティが高く評価され、クリエイティブデータ部門グランプリに輝きましたが、本稿で特に注目したいのは、この取り組みの成功によって、この人工知能による音声解析テクノロジーが早くも世界中でALS(筋萎縮性側索硬化症)患者の声を取り戻すために活用され始めているという点です。
ALS Association : Project Revoice
そしてもう一つ、ALS患者の声を保存し、復元するという「プロジェクト・リボイス」は今年のグッド部門のグランプリ受賞作です。アイス・バケツ・チャレンジのファウンダーであり、自身がALS患者でもあるクイン氏は、声を発する能力を失い、昨年から機械音声を通じてコミュニケーションをとっていました。この施策では、彼の肉声データをインターネット上から収集し、それをアルゴリズム解析して再び声に復元することで、機械化される声を聞くことが嫌で、時に会話を拒絶することすらあったクイン氏が再び、自らの声で話すことが可能になったのです。
一方は死によって、もう一方は病によって奪われてしまった人の声。それをテクノロジーによって取り戻したこれらの作品は、声を失った本人へ希望や活力を与えられることはもちろんですが、その声を聞くに聞けなかった人たちにとっても、胸を打つものとなることでしょう。クリエイティブで、テクノロジカルで、そしてなんとも人間的な作品といえるでしょう。
Cannes:虹色の可視化
PFLAG Canada : Destination Pride
もう一つは、こちらの記事でも取り上げました、クリエイティブデータ、デザイン、デジタルクラフトなどの分野から10以上のアワードを獲得した「デスティネーション・プライド」というカナダのNPOが行ったキャンペーンです。
世界の都市におけるLGBTQに対する理解度や法の整備状況を可視化したことは、時に旅先を選ぶという行為さえも困難になるというLGBTQ当事者たちの課題を浮き彫りにしました。また、複雑で専門的になりがちなデータのビジュアル化を、セクシュアルマイノリティの尊厳を象徴するレインボーフラッグに準えた6色のシンプルなデザインに仕上げた点が、クリエイティブ×テクノロジー×ダイバーシティの要素が見事に融合した取り組みかと思います。
今、あらめて、ダイバーシティ
「ブロックチェーンやAIの分野におけるイノベーションにおいても、多様な意見を反映できる必要性があり、SXSWではそのきっかけとなるプログラムを提供したい」。これは、SXSWチーフプログラムオフィサーのヒュー・フォレスト氏のメッセージです。SXSWを世界中の生活者のインクルーシブな未来像を模索していく場にしたい、という意思が感じられます。
また、P&Gの最高ブランド責任者であるマーク・プリチャード氏はカンヌのパネルディスカッション”Cannes in Color”に登壇し、「多文化や多様性に配慮したマーケティングでなければ、それはマーケティングとはいえない」と言い切りました。企業にとっても、一般大衆を対象にしたマーケティングの時代は終わり、消費者ひとりひとりが共感できるマーケティング戦略が必要不可欠になってきているのです。
ダイバーシティという言葉や概念は、社会的弱者や少数派への慈善活動というイメージをもつ企業もまだまだ多くあるのではないでしょうか。しかし今、ダイバーシティへの取り組みはイノベーティブなマーケティングやクリエイティブ活動に切り離せない存在となってきていることがわかります。
“Made in Japan”や”Cool Japan”が世界の様々なシーンで驚きや感動を与えている一方で、「テクノロジー」といえばシリコンバレー、そして中国深圳やイスラエルが続くといったように、かつて技術大国と呼ばれた日本の存在感は薄れつつあります。テクノロジーやクリエイティビティを活用してダイバーシティ課題を解決していくという分野で、その種となるアイディアや人を、本プロジェクトでは着目していこうと思います。
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