「こどもたちに科学を通じた体験を」KSEL宮本千尋さんインタビュー
- ソリューション・プランナー
- 海東彩加
今回は、科学を通して地域活性化を目指す「柏の葉サイエンスエデュケーションラボ(以下KSEL)」で活動する宮本千尋さんにインタビューを行った。
左からKSELの宮本千尋さん、取材を行った海東
研究の魅力を伝える上での葛藤
KSELでは「研究者に会いに行こう!」「理科の修学旅行」「手作り科学館Exedra」といった科学コミュニケーションを主軸に置いた活動を行っている。千尋さんがこの活動を始めた理由には自身の経験があった。「昔から理科や科学が好きで、研究に触れるようになってからそれを外に発信したいと思うようになったのがきっかけです。「研究の面白さをもっと広めなきゃ!」というどこか使命感のようなものを勝手に抱いていたような気もします。」
KSELでの活動中の千尋さん
そんな中で、自身の活動を一方的な押し付けになってしまうと感じ、葛藤することもあったという。
「ただ、だんだんとそれは私の気持ちの押し付けなのではないかと思うようになりました。「面白い」の判断はあくまで受け取った側の感想で、そこはこちらでコントロールできないものなので。」と千尋さん。しかし、こんな思いを持ったからこそ、KSELの活動は研究の魅力を伝えるにとどまらず、地域課題の解決や、こどもたちへの多様な体験の提供、学び場の選択肢を広げることにもつながったようだ。
害獣を通じて、こどもたちに“体験”を与える学び場を
千尋さんが今取り組んでいる活動の一つは、駆除される予定の「害獣」の骨を科学館の展示物として活用したことだという。地域とのつながりの中で害獣のことを知り、害獣とはいえ命あるものを駆除する背景を伝えていきたいという思いが芽生えた。
害獣の骨
実際にこどもたちに害獣の骨を見せるとはいえ、その背景にある害獣への理解につながるかということには千尋さん自身、懸念があったようだ。しかし活動を行う中で、こどもたちが一見とっつきづらいように思える害獣について興味をもち、時には人間中心の考え方で動物を害獣と呼ぶことの疑問など、千尋さん自身もハッとする質問を投げかけられることもあったという。
「こどもたちに害獣が通じるかな?と正直不安に思っていましたが、むしろ伝えがいがあると今では感じています。固定観念がなく、広い視点で感じ取れるこどもたちから、私自身学ぶことも多くあります。」と千尋さん。今後は害獣の皮を活用したレザークラフトにも挑戦するとのことだ。
害獣の皮を使ったレザークラフトの準備中
おうちにいても学び場の選択肢を広げる
実際に「体験」することを重視していたKSELでは、コロナ禍で対面での活動ができなくなった際には悩みもあったという。「これまで、リアルイベントを積極的に行ってきたので、メインの活動ができなくなってしまったのは大打撃でした。特に研究者に会いに行こう!や理科の修学旅行は人気のイベントで、これまでの参加者に「今年はやらないのですか?」と聞かれることもありました。期待に応えらえないのはとても心苦しいのです。」
リアルイベントの一つ、体験農園での様子
ただ、こどもたちの体験の機会をつくり続けたいという思いから、自宅でもできる実験キットの開発を行った。家でもできるだけ本格的な実験を体感してほしい、そしてコロナ禍でも学び場の選択肢を広げていきたい、そんな思いが千尋さんの原動力になったという。
「体験の機会が失われてしまうことに課題を感じ、お家でも科学に触れられる実験教材の開発に着手しました。家庭でできるからこそ、親子で一緒に楽しんでくれた様子を報告してもらったときは、とても嬉しかったです。ただ、何かを学び取るだけでなく、そこから家族でのコミュニケーションが生まれたのであれば、それはなにより嬉しいことです。」
水を使ったさまざまな実験が楽しめるキット
学びの場をひらく
害獣、そして実験キットの取り組みに共通しているのは「普段できない体験」の機会を提供することである。都心に住んでいると自然や生き物を見る機会が少なかったり、なかなか家では本格的な実験を行うのは難しかったり。教育を行うのは「家」や「学校」というイメージがあるが、地域全体で多様な学び/体験の場をつくることで、大人もこどもも多様な視点や価値観を得ることができるという。千尋さんのお話を伺う中で、学びの場を閉じられたものにせず、ひらいていくことの重要性を感じた。
こどもたちに研究内容を伝える千尋さん
千尋さん自身、KSELでの活動を通して、今まで知らなかった新しい世界との出会いが多くあったという。
「大人になるにつれ、忙しくなるにつれ、自分の世界を狭めていってしまっている気がします。KSELではいろんな人に合うからこそ、いろんな世界に興味をもてるようになりました。世界観が広がると、自ら社会の課題に気付き、判断できるようになっていくと思います。こどもだけでなく、大人も、そして自分自身も、これからもさまざまな体験をし続け、世界を広げていけたらと思っています。」
左から千尋さん、KSSEL代表の羽村さん
取材を通して考える子育てのアップデート
千尋さんの話を伺う中で印象的であったのが「体験」をデザインすることである。実際に自分自身が体験し自分事と捉えることで、初めて見えてくる課題や当事者の想いがあるのだと感じた。私自身、この1年で人との接点や体験の場が急激に減ったが、そんな中でも周囲との接点や新しい経験の機会を自らつくりだすこと、そして学びの場にもさらに選択肢を広げていくことが重要なのだと気づかされた。
また、今回改めて実感したのが、教育を保護者や教育従事者だけに閉じるのではなく、地域やその周囲にひらいていくことの重要性だ。実際に環境が大きく変わる中で、狭い関係性に閉じてしまうことによるストレスを多くの人が感じていたのではないだろうか。こどもたちの学びの場においても同様で、誰か1人が抱え込むのではなく、周囲にひらき、多様な学びの場が必要かもしれない。
こどもの学び場に多様性を。
柏の葉サイエンスエデュケーションラボ:http://udcx.k.u-tokyo.ac.jp/KSEL/
ひとしずくの水実験教材キット:https://exedra.theshop.jp/items/32239410
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