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Dec.

2024

interview
29 Mar. 2021

がんなんて自分に関係ないと思っているあなたへ

飯沼 瑶子
副編集長 / プランナー
飯沼 瑶子

がんの話題って、怖いですか?

日本人の2人に1人ががんにかかると言われているほど、身近な病気であるにも関わらず、「自分の家族にがんの人はいないから」「まだ若くて元気だから」と、まだ何となく自分とは遠い存在と感じている人もいるのではないだろうか。こんなことを言っている、私自身もその一人だった。
病気の話題は怖いと思っていた。できれば、自分や家族の病気や死は考えたくない。みんないつかは死ぬ。頭では分かっているけれど、自分は健康だと思っている内は、その“いつか”が明日だとは思えない。そんな人は少なくないと思う。

しかし、がんや病気のことを、前向きに話題にする人たちに触れるにつれ、むしろ関係ないと思っているうちから、あえて病気のことを考え、知っておくことには誰にとってもメリットしかないのではと考えが変わった。

そんなきっかけの一つになったのが、がんサバイバーを支援するLAVENDER RING(ラベンダーリング)の活動だ。この活動の発起人である御園生 泰明(みそのう やすあき)さんにお話を伺った。


御園生泰明さん


生きる勇気を与えてくれた写真

御園生さんはご自身もがんサバイバーだ。精力的に仕事に邁進していた2015年に会社の健康診断でがんが見つかった。ステージ4の肺がんだった。
がんのことを周囲に公表するべきかどうかを上司に相談すると、「公表した方がいい」と背中を押された。
そうはいっても、どう話せばいいのか…。「がんになった」そのあとに続ける言葉は難しい。「だから仕事に支障が出るかもしれません」とは言いづらい。
これに対して、彼の上司が「よし!まかせろ!」と取ったアクションがこれだ。

御園生さんの写真でデザインされたFIGHT TOGETHERというスローガン入りのステッカー。上司をはじめ、同じ部のメンバーがPCや目に付くところにこのステッカーを貼ってくれた。打合せなどでステッカーを目にした人が「御園生さんのステッカーだね、どうしたの?」と聞くたび、メンバーが彼のがんのことを知らせ、一緒に御園生さんを支える仲間になってほしいとステッカーを配る。その輪は社内だけでなく、クライアントや直接の知り合いではなかった人にまで広がり、「あなたがステッカーの!やっと本物の御園生さんに会えました!」と声をかけられるほどになった。

必ずしも自分で説明しなくても、御園生さんの周りには病気を知り、応援してくれる人が増えていった結果、ご本人も具合が悪い時には黙って抱え込まず治療に専念し、仕事ができるときには挽回しよう!と気持ちを整理することができた。

周りにも支えられ、仕事の環境が整っているとはいえ、「死」を目の前に突き付けられている中、精神的に落ち込む時期は、もちろんある。

そんな時、御園生さんに勇気を与えてくれたのが同じ肺がんサバイバーであるフットサルプレイヤーの久光重貴さんの写真だった。


提供:湘南ベルマーレフットサルクラブ

がん治療をしながら、フットサルで日本一になることを目指してプレーされている久光さんを知り、自分にもがん治療をしながら仕事をすることはできるはずだと奮い立たされた。
そして、仕事に対する熱意だけでなく、有限な人生を有意義にするために何ができるか真剣に考え始めたとき、「社会に対して何か自分にできることはないか?」という思いが湧いてきた。

ラベンダーリングのはじまり

医療の発展により、治療法が増え、がんと共存する時間は増えている一方で、世間のイメージとして「がん=死」と認識している人はまだ多い。

がんが発覚した後も仕事を続けたいと望んでいたにも関わらず、がんのことを上司に告げると、仕事を取り上げられたり、仕事のしづらい環境に置かれたりする人の話を聞き、がんに対する認識の差が、がんサバイバーにとって生きづらい社会につながっているという課題意識を持つようになった御園生さんは、自身も一枚の写真によって「がん=死」という呪縛から解放されたように、社会にがんサバイバーに対するポジティブなイメージが広がれば、周囲の偏見がなくなり、がんサバイバーも勇気づけられるのではないかと考えるようになった。

雑誌やアプリなど様々な伝え方を検討したが、シンプルに伝わりやすく、取り組みやすい方法がいいだろうと、写真と言葉を中心に据えた企画が決まった。がんサバイバーにヘアメイクをして写真を撮り、ポスターにするというものだ。

そうして、ラベンダーリングの活動が立ち上がると、家族や周囲にがんサバイバーを持つ人を中心に、社内外に賛同する仲間が少しずつ増えていくようになった。


港区ゆかしの杜で実施したイベントの様子


がん患者が前向きでいることを選べる世の中に

ラベンダーリングの活動は、まだ社会に大きな変化を与えるまでには至っていないかもしれない。しかし、参加者や関係者の中に生まれた小さな前向きな変化の積み重ねが、少しずつ世の中に波及していけばと御園生さんは考えている。

例えば、がんによって外見が変化して以来、写真撮影を避けていたが、ラベンダーリングの撮影会に参加したことをきっかけに自分への自信を取り戻し、写真撮影への苦手意識がなくなったばかりか、病気の経験を生かした新しいプロダクトを作るべく起業をされた方がいる。

また、人生のベストショットだ!と思える写真の仕上がりを見て、自分ももっと前に出て活動していきたいという気持ちが高まり、食道がんの患者会を立ち上げた方もいる。

ラベンダーリングの活動に参加する人が、もしかすると特別前向きで意欲的なのかもしれない。
しかし、前向きながん患者を世の中に発信する、ということこそ御園生さんが求めたことだ。御園生さんががんを告知された5年半前、がん患者はがん患者らしくしおれていることを期待されるような、前向きでいてはいけないような雰囲気を感じたという。だが、彼自身はしおれずに前を向いて生きていきたいと決めた。だからこそ、他の人にもしおれずにいるという選択肢があることを提示したいという思いで、ラベンダーリングを始めたのだ。


戦わなくてもいい、病気との向き合い方

病気との向き合い方も人それぞれ。“闘病”という言葉があるが、必ずしも病気と“戦う”べきと考える必要はない。特に、長く共存する可能性のあるがんのような病気の場合、日々ずっと戦いのスイッチを入れ続けることは難しい。しかも“戦い”には勝ち負けがあり、病気の場合は必ず負けることになる。だから、御園生さんはあえて“戦い”とは考えないようにしているという。

また、病気と向き合うことは孤独でもある。そこで、同じ仕事環境の人で、病気の悩みを共有しあえるような仲間がいたらと考えた御園生さんは、会社内にがんサバイバーのコミュニティを立ち上げた。ラベンダーカフェと名前づけられ、現在も定期的にがんサバイバー同士がつながりあえる場となっている。

ラベンダーカフェは、がんサバイバー当事者のみが参加できる会と、がんに関わるサポーターも参加可能な会に分かれている。それは、当事者の中には職場にはがんを公表していない人もいることや、なかなか人には語りづらい自分の病気について、当事者同士だからこそ安心して思う存分話せるようにという配慮からだ。
新しい人も気軽に参加できるように、なるべく会のハードルは下げ、決まったテーマは設けず、フリートークでお互いの近況を共有しあえるよう工夫している。もちろんファシリテーターを務めるのもがんサバイバーだ。

 

おわりに

ラベンダーリングは“リング”という名の通り、当事者をつなぎ、関わる人たちの輪も広げている。この記事を読んでくださったあなたも、ラベンダーリングの参加者の一人だ。

取材の中で、がんになったことで働きづらい環境に置かれてしまった人の話を伺ったとき、私には出産を機に望まない部署異動をすることになった友人の話が重なり、他人事とはとても思えなくなった。
がんでも、出産でも、健康であったとしても、本来当たり前のことだが個人の状態はそれぞれで、周囲が良かれと思ってしたことが必ずしも本人にとって嬉しいこととは限らない。

今回、御園生さんへの取材依頼にあたっても、がんサバイバーに対する自分の無意識なフィルターに気づかされた。ご本人の現在の体調がどうなのか?取材を受けて頂ける状況なのか?突然メールしても問題ないのか?などとメール一つ送るにも逡巡することもあったのだが、御園生さんを良く知る共通の知人から、「取材も前向きなので、すぐにでもメールを送るといいよ」と後押しをもらって進めた経緯がある。FIGHT TOGETHERのステッカーは象徴的な事例だが、周囲ががんサバイバーとの向き合い方に迷った時に、信頼できる仲介者や代弁者がいることも、お互いの理解を深める上で有効な手段の一つかもしれない。

病気になることは、今でも怖い。それでも、もし自分が当事者になった時、相談できる場所があること、病気であっても暮らしのすべてが必ずしも変わってしまうわけではないこと、自分の意思次第で新しい挑戦だってはじめられること。そんな事例をたくさん知っていることが、病気の有無に関わらず、日々の暮らしを過ごす上でのモチベーションにも勇気にもなると感じた。
だからこそ、ラベンダーリングの書籍「自分らしく、を生きていく。」で紹介される206人の笑顔と思いを、病気の話題なんてと思うあなたにこそ、読んでほしいと思うのだ。

―――
ラベンダーリングの書籍「自分らしく、を生きていく。」
http://lavender-ring.com/book.html

ラベンダーリングでがんサバイバーのインタビューとコピーライティングを務める中川真仁さんのインタビュー記事
https://cococolor.jp/lavender_ring01

取材・文: 飯沼瑶子
Reporting and Statement: nummy

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