「ノーライン・キャリア」の時代 ⑦~異文化コミュニケーション・トレーナー~
- 共同執筆
- ココカラー編集部
<ダイバーシティな働き方 「ノーライン・キャリア」>
グローバル経済の進展、少子高齢化、労働市場の流動化などの環境変化によっ て、日本人の働き方が変わりつつある、と言われ始めて久しい。終身雇用、年功序列といった慣行が崩れるなど、やや恐怖訴求的な論調のニュースが目立つ。
一 方、この変化をチャンスととらえ、これまで当たり前とされて来た枠組み(ライン)に縛られず、逆に自分で自分の限界(ライン)を決めない多様で新しい働き 方、つまり「ノーライン・キャリア」を創りだしている取り組みが、現れはじめた。そうした開拓者たちの“いま”をレポートして行きたい。
すべてのコミュニケーションが「異文化」
<異文化コンサルタント>
ますますグローバル化が進展するいま、ビジネスの現場で結果を出すためには、マネジメントに特化した左脳的なスキルだけでは十分ではない。さまざまな異なる文化や生身の人々とのコミュニケーションを行うマインドやスキルにこそ、ますます必要性が高まることとなる。今回は、この「異文化コミュニケーション」の専門家をご紹介する。
いわゆる「異文化コミュニケーション」は、米国の文化人類学者エドワード・ホールによる研究が発祥とされる。第二次世界大戦時、アメリカが対外政策を進めるために海外に送る外交官や外国勤務予定者のために行った異文化訓練には、外国語だけでなく、日常生活を送るために必要な知識や実践的訓練が加えられた。戦後、企業の海外進出が活発になるに従い、その動きはビジネス界にシフト。また、留学生の増加に対応して教育界、あるいは治療の実感が国によって異なることから医療現場での研究としても導入されるなど、あらゆる分野への広がりを見せることになった。
上記の潮流に伴い、ビジネススクールでのカリキュラムとして導入されたり、心理学や他の分野でも研究されるようになって行く。この異文化能力(International Competence)は、OECD(経済開発協力機構)の「21世紀型学力」の中にも位置づけられている。
また、ビジネスと学問をつなぐ存在として1974年にSIETAR(Society for International Training and Research)が発足。企業、学術界だけでなく、国際NGO、政府関係者、紛争解決のプロなど、多彩なメンバーが所属するグローバルネットワークを形成している。
日本でも、SIETAR JAPANとして1985年に設立され、「日本における異文化コミュニケーションの教育・訓練・研究を推進かつ支援する」ことと「日本の諸外国とのコミュニケーションを円滑にする」ことをミッションに掲げ、約300名のメンバーが精力的な活動を行っている。
今回ご登場願うのは、このSIETARに属し、異文化コンサルタントとして、多国籍企業や国境なき医師団などに異文化能力のコンサルティング、研修やコーチングを行っている山本薫さん。アメリカや台湾などに留学し、文化人類学をベースにコミュニケーション学部、ビジネス学部などで学びながら、一貫して独自の異文化コミュニケーションの研究をされて来た。
コーネル大学で修士号、愛知淑徳大学で博士号を取得。Berlitzや各分野の企業で長年に渡り異文化コミュニケーション・トレーニングを行い、正に「ビジネスと学問をつなぐ」実績を積んで来られた。大学で教鞭をとるかたわら、在ギニアビサオ共和国・米国政府国際援助開発局(USAID)で異文化研修マニュアルを手掛けるなど、米国、中国、台湾など海外での仕事の経験も長い。
では、異文化コミュニケーション・トレーニングとは、何をめざし何を行うのだろうか?
自分とは異なる価値観や背景を持つ人たちと建設的な人間関係を築き、いかなる環境下でも自己成長を続ける「レジリエンス(逆境力)」の強化を目標とする。
伝えることは、一般的な「異文化適応力」に加え、自分が赴任する国で円満に日常生活を送り、最も効率的かつ建設的に仕事を進めるための「実践力」。たとえば企業のマネージャークラスが海外事業所への赴任を行う場合、「出発前」「現地到着後」に加えて「帰国後」の3つのタイミングで行われる。「帰国後」にも行う意味は、海外から日本に戻った後の環境変化に適応できない「逆(帰国)カルチャーショック」に見舞われる帰任者が多いためだ。
また、海外赴任に伴うコミュニケーションギャップに適応しなければならない家族をサポートするための、カウンセリング的な要素を含むトレーニングや、多国籍企業及び団体内のチーム・ビルディングをテーマとしたトレーニングなども行っている。そこで用いられるのは、講義だけでなく、即戦力につなげるための学習法としてシミュレーションゲームなどの「体験学習」。
山本さんは、この体験学習の一環として、体を動かすことにより心に働きかける「身体知」の手法を特に研究、実施している。コミュニケーションの90%が非言語によって成立している、とされるためだ。
実は異文化コミュニケーションには、異文化のヒトとの「差異を認め」なおかつ「同じ人間として認め合い、平等に対応する」という、相反する2つの素養が必要とされる。
山本さんが例えに上げるのが、台湾の屋台のおじさん。彼は、どのような人種、文化に属する人に対しても、平等にコミュニケーションを行って、誰であっても特別扱いをしていない。そこに異文化コミュニケーションの「真実」が秘められている、と言う。
つまり、異質なものとの出会いを喜び、お互いの「差」を最大限に活かし、共生・共栄につなげる異文化実践力。それこそがグローバル社会で生きていくための素養なのである。
だがそれは、日本の外でだけ必要とされる、あるいは異なる国の人たちとのコミュニケーションにのみ必要とされるわけではない。私たちは、一人ひとりが異なる人間であり、取り巻く社会には、刻々、何らかの変化が起きている。つまり、常に【異なる文化】に直面しているのだ。
実は「すべてのコミュニケーションが異文化コミュニケーション」であり、だからこそ「すべての人が身に付けるべき素養」ということになる。
異文化トレーニングへの理解は、早期に成果を上げることを求められる欧米企業では浸透している一方、日系企業では、まだまだ十分ではない。経験(OJT)を重視するために、右脳的な(ヒューマン)スキルへのコストをかけない、日本独自の育成システムの問題が、そこにはある。しかし、「グローバリゼーション」は、もはや、海の向こうの話ではない。異文化コミュニケーションのマインドとスキルは、「内なるグローバル化」に直面する日本人にとって必須のアイテムとなるのではないだろうか?
参考リンク:異文化コミュニケーション学会HP
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