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6 Aug. 2019

その眼差しに「ゆがみ」はないか。PR-y笠谷圭見氏が、世に問い続けること。 〜やまなみ工房との活動、そして、その根底にあるもの

伊藤亜実
cococolor編集員 / ライター
伊藤亜実

■映画「地蔵とリビドー」との出会い、そして笠谷氏との対面。

2018年6月、渋谷の映画館で、「地蔵とリビドー」に出会った。週末に見る映画を探しているとき、アプリ上でたくさん並ぶ映画ポスターの中で、他とは違うオーラを放っていたその作品になぜかとても惹かれて、なんの前情報もなく、足を運んでみたのだ。

オープニングシーン、まるでモノクロのような世界で、ただひたすらに創作する人の、影の姿や息づかいには、創作活動に立ち向かうアーティストの緊張感が漂っていた。

これは恐ろしい作品を見に来てしまった、と覚悟を改めて、椅子の上に正座しようとしたところからは、あっという間の62分だった。ほとんど自分に意識が向くことなく、ただ映像の世界に、感嘆し、共感し、そして最後にはとても晴れやかな気持ちになった。その映画館では、作品中に出てくる“お地蔵さん”も、販売していた。一人一人異なる表情の中から選んで連れ帰ったそのお地蔵さんは、毎日デスクの上で、私に微笑みかけてくれる。

こんな作品があるのか、と衝撃を受けると同時に、監督された笠谷さんに、興味を持たずにはいられなかった。渋谷での上映から、約1年を経て、この度お会いする機会を得た。

今回、cococolor初の試みとして、東京・大阪を拠点に広いエリアで活動されるPR-yにつき、東西の編集部が取材をし、2回に分けてご紹介する。

まず、1弾目は、笠谷さんご自身のこれまでの活動や、その根底にある思いについて、ご紹介していく。

 

 

■クリエーティブ・ディレクションで、閉じた世界を「こじ開ける」。

 

笠谷さんは、デザイン会社・RISSI INC.でクリエーティブ・ディレクターを務めながら、PR-yというプロジェクトを主宰している。「プライ」と読み、こじあける、おせっかいをやく、という意味だ。

笠谷さんが自分の職能であるデザインの力を使ってPRをすることで、福祉だけの世界に閉じてしまっていた障害者アートの価値を、広く開いていく、という想いが詰まっている。

活動を始めた頃は、様々な批判にさらされた。長年クリエーティブの仕事に携わってきたクリエーターである笠谷さんの視点で、良いと感じる作品だけを選定して展示したところ、『もともと差別されている障害者をさらに差別するのか』と言われた。また、障害のあるアーティストのポートレート写真を撮ったところ、『障害者の顔出しは一般的にタブーとされている』と批難されたこともあった。

しかし、笠谷さんは負けなかった。

 

「現状のままで、本当に障害者たちが幸せなのか?そこにどうしても疑問があったんです。福祉業界主導の展覧会は、玉石混交ですべてを平準化された展示が多く、一部の優れた作品が埋もれてしまっている。そういうバザー的な見え方になってしまうと、お客さんの満足度は上がらないし、興味も薄れてしまう。本来は、障害者自身が社会参画できるようにと、創作活動をしているはずなのに、質の高いものを作っても正当に評価されなければ、その目的が達成できない。

本当にいいものを提供して満足してもらえば、必ずリピーターになる。それが、障害者自身の創作の糧にもなる。と、思ったんです。

良いものはすでにある。だから、“クリエーティブ・ディレクション”で、私が少し見せ方を工夫することで、これまで触れたことのない多くの人に、それを届けることができると思うんです。」

 

これまでの仕事や、そこで培ってきたスキルや人脈を生かして、笠谷さんにしかできない発信を始めて8年がたった今、活動当初の批判の声はなくなった。

 

■自らの視線が「ゆがんでいる」ことに気づかされる。ときには、当事者でさえも。

障害者施設の日常を撮り下ろした写真集「DISTORTION」、障害者のポートレート写真集「DISTORTION2」の刊行を経て、障害者アートをテキスタイルに展開したファッションブランド「DISTORTION3」を発表。

2013年から毎年、パリのファッションウィークに出展し、現在では15カ国以上のセレクトショップで取り扱われている「DISTORTION3」は、著名人がテレビやステージ衣装として着用するなど、多くの人の目に触れることで、障害者アートを世に知らしめる重要な発信媒体になっている。写真集からファッションブランドまでを一貫した「DISTORTION(ディストーション)」というコンセプトワードは、“ゆがみ/ひずみ”という意味を持つ。障害者に対して、いたずらに同情したり、蔑んだりしてしまう社会の目に対して、「障害者やその作品を観る、私たちの眼差しこそが、ゆがんでいるのではないか」と、笠谷さんは問いかけ続けてきた。

 

「この取り組みを始めて、改めてデザインという仕事の本質に目覚めました」

 

笠谷さん自身がそう語るように、かっこいい、人の目を引くデザインによって、新しいターゲットに障害者アートの価値と、「もしかして、自分の視線こそがゆがんでいたのではないか」という、新しい気づきの体験を与えてくれている。そして、デザインそのものが、社会課題の解決になっている。デザインとは本来、そのようなものである、ということを改めて感じさせられる。

 

そして、その影響は実は、当事者である障害者の家族にも波及する。

 

「DISTORTION2」(ポートレート写真集)に登場しているあるアーティストのお母さんが、出来上がった写真集を見て、感謝の言葉をくださったんです。そのときに言われて驚いたのですが、実は、この写真が、この子の人生の中で初めての写真だと。

障害のある子供のお母さんやご家族には、お子さんの障害に自分自身も責任を感じてしまう方が少なからずいて、近しい方ほどその子供を隠したり、守ろうという思いで、狭い世界にとどまらせてしまったりする。写真集に出ることで、障害のある人も、その家族も、もっと表に出て、堂々と生きていいんだ。限界を自分たちで決めていたんだ、という気づきに、感謝してくださいます。自分たちのこれまでの思い込み、つまり“ゆがみ”に気づいて、新しい生き方を開いてくれたように感じます。」

 

■あの手この手で説得することをあきらめない。出会いを大切に、地道に続ける。要は、本気かどうかだ。

 

笠谷さんは、とにかくこの障害者アートの世界をこじ開け、新しいターゲットに向けて発信していくことに挑戦し続けている。冒頭に紹介した映画「地蔵とリビドー」は、写真集、ファッションと取り組みを行ってきたPR-yにとっても、新しい挑戦だ。そして、その影響はとても大きかったと語る。多くの人から反対されながらも、社会に問いかけたいことを信じて実行しきる、その原動力や、コツは何なのか。

「美大などに講師として招かれて、学生さんとお話しすることもよくあります。そのときにお話しするのは、先生の言うことを鵜呑みにせずに、自分で感じたことに正直になろう、ということ。自分がやるべきだと思ったことが理解されなければ、あの手この手で説得しなければいけない。それを怠けると何も成し遂げられない。
そして、人との出会いは、とても大切です。私の場合はやはり、やまなみ工房の山下施設長との出会いが、大きな一歩になりました。2011年の大震災の後、自分のデザインスキルをもっと身近な課題解決に繋げたいと考え、PR-yを発足し、障害者施設をいくつか訪問しました。その中で出会ったやまなみ工房の山下施設長は『障害者アートのあり方や、福祉業界の実情をなんとかしたい』という強い想いを持たれていた。そこが、私たちが深く共鳴し合えた部分でした。」

作る人と広める人、同じ思いを持った最強のタッグができたとき、広くインパクトを与えるうねりとなる。PR-yがそのうねりを生み出し始めた瞬間のストーリーを聞き、鳥肌が立つような思いになった。

 

■PR-yの活動を、目撃しよう。

 

関西圏にお住いのcococolor読者にはぜひ、8月24日(土)~25日(日)に京都市烏丸御池のしまだいギャラリーで行われる、「DISTORTION3」の展示・受注会にお運びいただきたい。2020年春夏物の新作コレクションアイテムに加え、シリーズの写真集・書籍・DVDも購入することができる。

また、公開から1年以上たった映画「地蔵とリビドー」は、観た人の評判が評判を呼び、今も全国で上映されている。京都でもこの週末、8月24日(土)~30日(金)京都シネマにてアンコール上映が行われる。この機会に、PR-yの世界観に触れ、視線のゆがみを知り、やまなみ工房のアートの力に圧倒される、特別な週末を過ごされてはいかがだろう。

 

〈笠谷 圭見(かさたに よしあき)氏プロフィール〉

RISSI INC. クリエイティブディレクター

障害者施設で生み出される創作物の魅力を社会に発信するプロジェクト「PR-y」を主宰し、国内外のギャラリーや研究機関・教育機関などとの橋渡しを手がける。

2013年より「DISTORTION」というコンセプトワードを掲げ、写真・映像・ファッション・インスタレーションなど、様々な領域で障害者とのコラボレーションによる表現活動を行っている。

 

〈PR-yウェブサイト〉

https://pr-y.org/

 

〈地蔵とリビドー 公式サイト〉

https://www.jizolibido.com/

 

 

 

取材・文: 伊藤亜実
Reporting and Statement: atimo

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