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Oct.

2024

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11 Aug. 2020

アートを通じて日常生活に入り込み、人々を健康に

半澤絵里奈
編集長 / プロデューサー
半澤絵里奈

医学と芸術の共通点をつくる人


恵比寿で開かれた個展。
会場に足を踏み入れた瞬間、わっと視界に飛び込んできたのは、ヒョウやワニといった動物の絵画作品。写実的な作品に見える一方で、現実の動物のそれとは異なる色づかいが印象的だ。
これらの作品を見れば、人は動物を描く画家だと思うかもしれない。それもまた一つの真実だが、描いているのは、ナガナワタクヤさん。口腔顔面の難治性疼痛を専門とする歯科医師というキャリアも併せ持つ。

歯科医師としては、在宅医療現場で往診(訪問診療)をする他、口腔顔面痛学会の診療ガイドライン作りにもかかわるなど人々の新生活様式に深く関わる医療者の一人だ。


10代の頃からいつも手元で何かしら絵を描いていたというが、画家として活動を始めたのは約10年前。痛みに関する研究をするうちに、これらを絵画で表現するに至ったと言う。彼の作品に描かれた数多くの動物たちは、痛みを表現しているのだという。

 

痛みを理解することは難しいが、変化を起こすことは出来るという気付き

7月の個展では動物以外の作品も多数。医学論文と共に

 
そもそも痛みは十人十色、かつ、自分の痛みを誰かに完全理解してもらうのは不可能だ。

ナガナワさんは診療を通じて数多くの患者さんに向き合うなかで、痛みというものを「誰かと共感し合えないし、その人にしかわからないんだけど、痛がる本人さえも自身の痛みや変化を理解しきれないほど複雑で曖昧なもの」と捉えた。

その上で、痛みの周辺環境を操作することで痛みを変化させることができないか研究をつづけた。周辺環境を操作するとは、麻酔が顕著な例ではあるが、他にも人の五感(光、音、香りなど)に働きかける作用などを示す。その研究の結果、人の痛みそのものを理解することは困難だけど、周辺環境の変化で感覚が変わるぐらい痛みが不安定なものであるということはわかった。

なかでも視覚からの情報が与える影響の大きさ・変化が大きいので、視覚情報によって痛みを緩和させるきっかけを作りたいと考えたナガナワさん。

これが痛みの研究から作品づくりの流れに。そうして、描き始めた。

 

作品とは、解釈して見るものか?

2回目の個展のポスター絵にもなっていたネコ

 

痛みを表現するために、どうして動物を描いているのか尋ねると興味深い答えが返ってきた。

「臨床研究では人ばかりを対象にしてきたが、そこに至るまでに医学の進歩に貢献してくれていた動物がいる。彼らの存在を描くことによって、感謝の気持ちも表したい」


医療研究の実験に用いられる動物の種類にはもちろん偏りがあるが、ナガナワさんの描く動物は、その動物には限っていない。むしろ、多様な動物を題材にして描いていることで絵画を起点に医療に興味を持つ人の裾野を広げているようにも感じる。

しかし、正直、動物が描かれた作品を見たところで痛みを描いたものだとはわからない。さらには、作品の横には何やら医学論文らしき難しい英文の一部も飾られている。

私自身は、アーティストの表現はいろいろで面白いなあと感じつつ、作品を前にナガナワさんの話を聞いているうちに、描かれた中身が見えてくるような気がした。一方、個展を訪れた人の中には「意味がわからない」という声もあったという。なかなか衝撃的な感想にも聞こえるが、この「わからない」という言葉はけしてネガティブなものではなく、作品を「わかりたい」「理解したい」という意思である。

ナガナワさんは個展を終えた後も、作品とはコンテクスト(作品の背景や文脈)を解釈して見るものなのかどうかという点について、自らのなかでディスカッションを重ねていた。

 

個展の度に変わっていく表現

初期の作品は、やさしいタッチと色合いが特徴

 

これまでに3回の個展を経験した彼は、個展の度に作品群のストーリーを設定し、新しい取り組みを行っているそうだ。

2019年に行った1回目の個展は、患者さんの痛みを緩和するために、優しい水彩で作品を描いた。2回目はアクリルを用いて、自分の痛みを描いた。そして、この7月に開催した3回目は医学研究を知ってもらうために絵画作品と医学論文を並べるなど、現代美術の解釈特性を利用することにチャレンジしたという。

ナガナワさんの作品作りの過程は、Instagramで見ることができる。この個展に向け新作をつくる様子を見ていると、時折、「納得いかない」と言って、途中まで描いた作品を別の色で塗りつぶしていた。そこには、彼の医療者或いはアーティストとしてのもやもやとした感情や苦悩が垣間見えていた。

7月の個展を終えた今は、「僕の話を聞いてくれないと作品のことが伝わらないようでは、作品の力が発揮できていないと感じる。だから、次は、作品ひとつで完結するように、作品を見て背景がわかるようなものに変えていくつもり」だという。

どう変化するのか、今から楽しみだ。

 

アートを通じて日常生活に入り込み、人々を健康にしたい

作品の多くは既に購入したオーナーの手元で飾られている


視覚情報を活用した周辺環境の変化によって、人の痛みを取りたいと考えていたところからさらに拡張し、ナガナワさんはアートを通じて多くの人の日常生活に入りたいと訴える。

これまでは、痛みを含む症状を持つ人たちと会うのは病院だった。しかし、感染症の影響によって社会が急速に新生活様式に切り替わり、オンライン診療が普及してきたことで患者さんの暮らしが見えるようになってきた。これはつまり、患者さんのライフスタイルやバックグラウンドが見えるので、患者さんがどうゆう状態にあるのか医療者として得られる情報が多くなったということだ。
同時に、こうやって人々の生活に入り込む画家の姿が見えた、と言う。

アートを使って普段コミュニケーションを取れない人との関わりを作りだし、作品を通して人々を健康にしていくというのを今後のミッションと考えているそうだ。痛みが共感しにくいもの、というところからスタートしたアーティストとしての旅路は、大きなミッションを掲げつつ、作品づくりや人との関わりを経て、今後もどんどん変化していきそうだ。


既に3回目の個展は閉幕しているが、8月末には新宿ゴールデン街にあるBARの看板にナガナワさんの作品が採用されるという。
そのときはまた読者のみなさまにお知らせをしたい。

 

ナガナワ タクヤ 氏
歯科医師 / 医学博士 / 画家
https://www.instagram.com/naganawatakuya/

1982年生まれ。専門は口腔顔面の難治性疼痛。都内大学病院にて痛み専門外来統括、デンマーク王国オーフス大学での臨床研究、口腔顔面領域の感覚検査器開発を経て、国際歯科研究学会議(IADR2015,ボストン)ニューロサイエンスアワードを受賞。デンマークと日本の研究活動推進プロジェクト(デジタルヘルス)JD-Teletech日本代表。デジタルハリウッド大学大学院, 日本遠隔医療学会・歯科遠隔医療分科会会長, 厚生労働省教育訓練プログラム開発事業メディカルイノベーション戦略プログラム委員, 千葉大学遠隔医療マネジメントプログラム委員, 日本口腔顔面痛学会評議員, 同学会診療ガイドライン作成委員, 慢性疼痛診療ガイドライン委員, 日本口腔内科学会代議員, JD-Teletech.

取材・文: 半澤絵里奈
Reporting and Statement: elinahanzawa

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