空の上に障害は関係ない~ユニバーサルツーリズムの課題~
- メディアプランナー
- 八木まどか
ユニバーサルツーリズムとは
ユニバーサルツーリズムとは、高齢や障害の有無に関わらず、すべての人が楽しめるように設計された旅行のこと。2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、今、観光庁がマニュアルを作成したり、モデル事業を採択したりして促進している概念だ。
ポイントは「すべての人が楽しめるように」である。例えば、30人の観光客の中に、1人の車椅子の人がいたとしたら、その1人だけのために他の何かを犠牲にする、という考え方ではなく、30人全員が楽しめるような仕組みを作る、という考え方だ。
観光庁によると、平成29年3月時点で以下のように全国各所でユニバーサルツールズムの相談窓口がある。しかし、その存在はあまり知られていないのが実情ではないだろうか。
観光庁「ユニバーサルツーリズムの促進に関する検討業務報告書」より
なぜユニバーサルツーリズムの周知・促進があまり進んでいないのか。観光庁の報告書によると、ユニバーサルツーリズムの課題・障壁は以下が挙げられている。
1.ユニバーサルツーリズムに関する取組みの必要性は感じているが、予算、人員、ノウハウの課題等からまだ取組んでいない観光案内所が約3 割となっている。
2. 問合せに対して、所内での対応や個別の施設等の紹介に留まっており、ユニバーサルツーリズムに関する総合的な情報提供や相談への対応はできていない状況である。
このように、観光地側はユニバーサルツーリズムの実現に必要なものを認識しているが、まだそれを充実させるべく環境が整っていないのが実情のようだ。
確かに、ユニバーサルツーリズムを実現させるためには、まず観光地の施設や移動手段において、物理的なバリアフリー化を進める必要がある。建物の入り口にスロープを付けたり、段差をなくしたりするといった、施設の工事を正しく行うためには当事者と技術者の声をともに取り入れるのが理想である。
一方、それだけではなく心理的なバリアフリーも必要だ。現実としてバリアフリー対応は土地や施設によってばらつきがあり、例えば、目的地には手すりがついた車いす用のトイレがあるのか?といった情報を事前に自力で入手するのは容易ではない。そのため、当事者にとっては、慣れない観光地でスムーズに動けるのか、どうせできないことが多いのではないか、というネガティブな印象がつきものとなる。そのような気持ちをできる限り取り除く「心のバリアフリー化」も、当事者だけでなくすべての人にとって課題となる。
このような物理的・心理的バリアフリーに対するリテラシーは、福祉文脈における支援者だけではなく、旅行会社・観光施設などすべての人が持っていれば、ユニバーサルツーリズムは進んでいくのではないだろうか。
そんな課題の多きユニバーサルツーリズムに対し、地域を巻き込んで挑戦する人々が山形県南陽市にいる。「山形バリアフリー観光ツアーセンター」である。
車椅子でパラグライダー!?
「山形バリアフリー観光ツアーセンター」とは加藤健一さんが立ち上げた一般社団法人。加藤さんは21歳で筋ジストロフィーを患い、32歳で歩行が困難になり、現在は車椅子での生活を送っている。
歩けなくなった当初、加藤さんは外出が嫌になった時期があったという。周りの人に自分の姿を見られたくなかったからだった。しかしある時、ご友人が「障害があっても自分たちの関係性は変わらない。俺たちはお前と共に闘う」と言ってくれたのをきっかけに、「家に引きこもっていても病気が進行するのは同じなのだから、外に出て様々なことをチャレンジしよう」と思うことができた。そこから、バリアフリーの理解をすすめるボランティア団体Gratitudeを立ち上げ、ブルーペイント大作戦(公共施設や店舗の駐車場に、障害者等用駐車区画を設置するイベント)など様々な企画を実行してきた。
ある時、パラグライダーが空を飛ぶ姿を見た加藤さんは「自分も空を飛びたい」と思いたつ。実は、加藤さんが住む山形県南陽市はパラグライダーの飛行場を多くもつことで有名なまち。すぐに地元のパラグライダー事業社に相談。「飛びたいと思う人はだれでもサポートしたい」とすんなり受け入れてくれ、一緒にチャレンジを始めた。約半年の試行錯誤を経て、加藤さんは車椅子でのパラグライダー飛行を成功させた。
パラグライダーフライトの様子
そして「山形の空は日本で唯一、車椅子でパラグライダーができる場所」として観光資源の中心に据え、山形でのバリアフリー観光をプランニングする事業を始めた。
山形バリアフリー観光ツアーセンターでは、車椅子パラグライダーおよび山形県内の観光ツアーが申し込まれると、旅行者に対し障害の度合いや、普段どういった生活をしているかヒアリングし、その人に応じた旅程や宿泊地をご提案、当日は加藤さんやスタッフが現地を案内する。「100人いたら100通りのバリアフリーが存在する」と加藤さんは考えているからだ。その他にも、山形県内における観光施設等のバリアフリー対応を調査・情報発信したり、簡易スロープなどのレンタルをしたりしている。
加えて、加藤さんはバリアフリー観光の事業だけでなく、障害があっても楽しく生活できるようにするための、多種多様な事業に取り組んでいる。その一つが車椅子用のジーンズの開発で、実際に来社時に持ってきてくださった。写真は二人でそのジーンズを履いている様子。ポケットが膝の位置にあったり、履き口を大きく深くしたりと、車椅子ユーザー目線で工夫されているが、車椅子ユーザーでなくても履き心地がよいことが実感できた。「いずれは当たり前にこの商品が店舗で並んでいてほしい」と加藤さんは語った。
さらに、加藤さんは2024年フランスでのオリンピック・パラリンピックを見据えている。その大会でパラグライダーが正式種目になる可能性があるのだが、車椅子パラグライダーができるのは南陽市だけなので、選手養成の中心地になることができる。山形が日本一自由な空であることを最大限利用していきたいと考えているのだ。
なお現在では、クラウドファンディングによって資金を集め、子ども用パラグライダー専門車椅子も開発し、子どもたちも空を飛べる。
このように、加藤さんは今まで培った「仲間づくり力」によって地元企業や行政からサポートを得つつ新しい事業にも取り組み、今では日本国内だけでなく、海外からも噂を聞きつけた観光客が訪れている。
南陽市=パラグライダーの聖地というもともとの特性に対し、バリアフリー化をすることでさらに特徴的な観光資源となって、今までとはまた違った層の呼び込みも始まっていることから、地方創生の観点からも興味深い事例と言える。ないものを数えるのではなく、どうやったら実現できるか、そしてどうやったら楽しく見えるかを考えていく加藤さんの挑戦に、今後も注目していきたい。
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