世界のLGBTマーケティング最前線!①街全体がコラボして盛り上げる、ニューヨークプライドの底力
- 戦略プランナー
- 阿佐見綾香
「場違いなブースだったね。」
LGBT当事者のイベントに出展していたある企業のブースに対し、実際に会場で挙がっていた疑問の声です。
昨今LGBTの課題への関心が高まる中で、LGBTの祭典への企業の出展も参加者も増大し、イベントの様子が大きく様変わりしています。そんな中、違和感をぬぐえない企業の取り組みも散見されるという指摘が挙がっています。
これから日本の企業はどうふるまえば良いのか。
そのヒントを海外のプライドパレードから学ぶために、マーケティング分野で活躍してきた田辺貴久氏・山中肇氏・永田龍太郎氏の3人が「虫めがねの会(※1)」と一緒にパネルトークを企画しました。
(※1)「虫めがねの会」:若手教員の勉強会としてスタートした、LGBTと教育について考える会。性の多様性についての教育やLGBTについて参加者と共に学びを深めている。会の代表の鈴木茂義はオープンリーゲイであり、小学校の先生をしている。
左から田辺氏、永田氏、山中氏
田辺氏はリクルートでSUUMO副編集長として活躍、LGBT向け住宅情報サービスなどを紹介する専用サイトの展開を手掛け、現在は釧路市に身を置き地元のビジネス支援業務に携わっています。
山中氏は外資系メーカー、広告代理店のブランドマネジメント担当として、LGBTの祭典に出展する多くの企業のブース企画を手掛け、アムステルダム・ゲイ・プライド2019では東アジアからは初の出展団体となった「プライドハウス東京」の招聘、参加を担当されました。
永田氏は広告代理店出身で、Gapのマーケティング担当時代には有名な6色レインボーロゴを日本発で立ち上げ、そのロゴが全世界で採用されたという実績を持ち、現在は渋谷区から抜擢され男女平等・ダイバーシティ推進担当課長に着任しています。
ニューヨーク、アムステルダム、マンチェスターという最先端の3都市で、3人がマーケターとしてのフィルターを通し発見した、企業出展の好事例。それらをこれから全4回の記事にわたって紹介しながら、企業とLGBTコミュニティの関係の理想のあり方を探ります。
広報やマーケティングでLGBT関連のイベントに関わる方には必読のイベントレポートです!
様変わりするLGBTへの向き合い、変化に追いつけない日本の企業
昨今、日本の企業でもLGBTの課題に対する意識が高まり、企業の取り組みも活性化しています。職場でのLGBTに関する取組評価指標「PRIDE指標」(Work with Prideカンファレンスで結果発表)へ応募する企業は順調に増加し (2018年:153企業・団体→2019年:194企業・団体) 、3割超の大手企業が LGBTに関する基本方針を策定しています。
アライ(※2)促進やLGBTフレンドリー発信のためのオリジナルのレインボー(※3)グッズをつくる企業も増えています。
(※2)アライとは‥LGBTを含むセクシュアルマイノリティーを理解しようとする姿勢を持ち、自分にできることを考えて行動する、LGBT支援者のこと。
(※3)レインボーとは‥性の多様性を表し、中でも6色のレインボーはLGBTフレンドリーを表明するシンボルとして最も定着しています。
そんな中で、LGBTコミュニティの祭典に、協賛したり企業ブースを出展したりする動きも活発になってきています。例えば日本最大の「東京レインボープライド」を例に挙げると、協賛企業・団体数は2018年の213から、2019年には278と30%以上の増加を見せています。2012年には4,500人だった参加者数も、2019年には20万4,000人と爆発的な伸長を記録。毎年50%近いペースで増え続けており、会場の雰囲気は大きく変わりつつあります。
東京レインボープライドの時期の渋谷の沿道では多くの企業がレインボーフラッグを掲出しました。
2018年の渋谷の沿道の様子。
2019年の渋谷の沿道の様子。
毎年、企業の出展が増加する一方で、いくつかの問題が見られると永田氏は指摘します。
その問題とは、以下のようなものです。
・企業ブースの中には、プライドパレード(LGBTの祭典)の趣旨との整合性がつかみづらく、参加者から共感されにくい出展も。
・プライドパレード(LGBTの祭典)の会場が盛り上がる一方で、同期間に東京レインボープライドの主催団体以外が開催している関連イベントは盛り下がっている印象。
・東京レインボープライドが開催される会場付近のエリアの店舗や企業はどんどんレインボーになっているが、住民からは「自分たちの街の祭り」という実感は持たれていない。
・「ロゴをレインボーに」という流れが活発になる中、今や当事者が企業のレインボーロゴ程度では驚かなくなってきている。
・NPOや当事者コミュニティ系のブースは昔ながらの雰囲気で、情報発信の内容がアップデートされているようには見えない。
トレンドに合わせるようにブースを出展するものの、単にLGBTフレンドリーをアピールするだけで実態がない、20万人という来場者目当ての商品/企業PRでしかないといった、イベントの主旨を理解しない企業は目立ちやすくなっていると永田氏は指摘します。
かたや当事者コミュニティ側のブースのありようは時代の盛り上がりから取り残されている印象があり、結果的にLGBTコミュニティと企業の関係性が分断されているのが今の日本の現状だといいます。
一方で永田氏は「企業を排除するという前提は持つべきではない」とも指摘します。企業には「人」が働いているわけであり、企業も市民だからです。
そして日本で活動する企業が、自社のマーケティング活動の中でも、良いかたちでLGBTの課題に取り組むことができるようになれば、企業の提供する商品やサービスの質が向上し、それは日本の社会にとって価値になります。
その際、プライドパレードという「場」を企業側も当事者側もどういった機会として捉えるか、あらためて考える必要があります。今こそ、「これからの企業とLGBTの良い関係づくり」について、幅広い対話と議論が必要なのです。
それでは早速、海外における「企業とLGBTコミュニティの関わり方」を見ていきます。最初に紹介する都市はニューヨークです!
永田氏がレポート!
パブリックセクターや企業がコラボして、街をレインボーに染める
「アメリカ ニューヨーク」
永田:NYC Prideのメインとなるパレード “Pride March”(2019/6/30)。パレードへの参加者は主催発表で700団体15万人、報道発表によると、沿道の参加者は300万人にも上ったそうです。(※4)
(※4)参考:日本最大級規模の東京レインボープライド2019のパレード参加者は1万人。
永田:パレードの道路は封鎖されており、その規模を東京で例えると「晴海通りの端から端までが、少なくとも6本以上かな」というほどのスケール。
街中がLGBTフレンドリーを表すレインボーフラッグであふれており、国旗と一緒に掲揚している様子も多く見られました。
左から、国旗とレインボーフラッグがはためくビル、動画ディスプレイとレインボーフラッグを掲出したハードロックカフェ、レインボーのイルミネーションが光る銀行のATM。
永田:ウインドウディスプレイをレインボーにしていないところが見当たらないほど街がレインボーにあふれており、LGBTフレンドリーなメッセージを掲げていない店舗の方が逆に目立ってしまう状況は、日本とはまた違った光景です。
大企業だけではなく、街角の小さな商店やカフェも、レインボーフラッグや手書きの黒板などでメッセージを発信。
永田:「タコスを1個買うとコミュニティセンターに1ドル寄付」といった小さなチャリティプロモーションを実施しているところもあり、「血が通っている」印象を受けました。
こうした街中の小さなお店まで発信しているところがニューヨークの底力。隅々にLGBTフレンドリーが浸透するまで、努力をしてきた組織や人がいるということが、これらの小さな看板から見て取れました。
アパレルを中心にした小売りの動向をみると、デパートやアパレルでレインボーのウィンドーディスプレイの装飾やレインボーフラッグの掲出に加え、プライドコレクション(レインボーグッズ)の販売が多く見られました。
デパートの「Macy’s」は通りのフラッグを全て買い切り、『pride + joy』という可愛らしいレインボーフラッグを掲出して、センス良く街の雰囲気を盛り上げています。
永田:この時期はパレードでレインボーモチーフの入ったアイテムを身につけてLGBTフレンドリーを表現したりするために、アパレルを中心にレインボーグッズのニーズが高く、各社こぞってプライドコレクション(レインボーグッズ)を販売します。
「Macy’s」は大きな特設売り場を作り、各企業が販売しているプライドコレクション(レインボーグッズ)を集積して販売していました。価格の幅も豊富で、「ターゲット」というディスカウントストアでもプライドコレクションの集積売り場が設置されており、Tシャツが10ドル弱という手頃な商品も見られました。
企業のプライドコレクション(レインボーグッズ)の販売はもちろんビジネスにも繋がっていきますが、このような商品が存在することで気軽に市民がLGBTフレンドリーな気持ちを表現できることにつながるので、社会においてLGBTフレンドリーを可視化する上で、大事な役割を果たしているという印象を強く感じました。
永田:「BIG GAY ICE CREAM」というユニークな名前の有名アイスクリーム屋さんと「DKNY(ダナキャランニューヨーク)」というファッションブランドがコラボレーションして、限定商品を販売しており、売り上げの10%がLGBTの若者支援のNPOに寄付されるという取り組みを行っていました。私が行った昼時には、既に売り切れて買うことが出来ませんでした。
企業が販売するプライドコレクション(レインボーグッズ)の売り上げのうちの一部が、当事者団体やNPOに寄付されるという取り組みは日本以外でよく見られる取り組みですが、衝撃を受けたのは「アメリカンイーグルアウトフィッターズ」。
永田:例えばこのプライドコレクション(レインボーグッズ)の中から20ドルのシャツを購入すると20ドルがそのまま寄付になり、なんと売り上げ100%が「It gets better campaign(若年層のLGBTの自殺防止を目的としたエンパワメントキャンペーン)」に寄付されるのです。
さらに、レジで会計の際、任意の金額を追加で寄付することができるようになっていました。企業としては一切利益を得ておらず、さらにレジで払うお金で任意の金額を寄付できるという点もユニークな取り組みで、従業員の意識づくり、積極的な参加にも繋がっていると感じました。
エシカルカンパニーとして全世界でさまざまなソーシャルグッドの活動への支援を行っているLUSHは、ニューヨークでもユニークな取り組みを展開していました。
永田:この「チャリティポット」は、売上の一部がNPOに寄付されますが、どのNPOに寄付するのかをパッケージで選べるという仕組み。日本でも様々な支援に向けて実施されています。
今回は有色人種のトランスジェンダー当事者団体に寄付するために「チャリティポット」の販売をしていました。
マイノリティの中のマイノリティに目を向けているのがLUSHの特徴でもあり、店舗に立つ店員にもきちんと理解を浸透させながらチャリティに取り組んでいます。店員から「有色人種でトランスジェンダーの方たちは、未だとても困難な状況にあり、ようやく団体ができたので、これを通して支援してくれたら嬉しい」という説明を受けて、思わず私も全種類を購入してしまいました。
さらに非常に興味深いのが、パブリックセクターの動き。
永田:カラフルな地下鉄の路線の既存マークの色を使って、ハートのレインボーを表現したり、地下鉄のチケットの券面をレインボー仕様にするという「前代未聞」(現地の人談)の取り組みも見られました。
タクシー内の動画広告では、ニューヨーク市議会議長のコーリー・ジョンソン氏がウェルカムメッセージを動画で発信。コーリー・ジョンソン氏は元フットボールの花形選手で、ゲイをカミングアウトし、かつ HIV ポジティブであるということも公表しており、現在は市議会議長という人物。空港や病院など、パブリックセクターが一丸となって積極的に発信をしているという印象を受けました。
永田:ニューヨーク市図書館では『LIBRARIES ARE FOR EVERYONE(図書館はすべての人のためにある)』というメッセージを掲出して、ニューヨークのLGBT史50年間に関する展示を実施していました。
永田:「FDR・4フリーダム・パーク」は、「ニューヨークで一番大きなレインボーフラッグ」というメッセージで、期間限定で階段をレインボーにドレッシングしていました。
公園の名前は、32代アメリカ大統領フランクリン・D・ルーズベルトが1941年の演説で宣言した「4つの自由」(言論の自由、信教の自由、貧困からの自由、恐怖からの自由)に由来するもので、2012年にオープンした公園です。
公園がこうした追加的な展開をするにあたっては、この公園をサポートしている多数の企業の支えがありました。
スポンサー企業のひとつであるブルームバーグのフラッグ。
永田:パブリックセクターと企業が協働したキャンペーンは非常に多く見られました。マンハッタンの主要な18のビルが連携して、レインボーにライトアップしていたのですが、とてもロマンチックな風景でした。
永田:さらにニューヨーク市は、東京で例えると「新宿二丁目」のような街の中にある細道の「ネーミングライツ」を期間限定で売却しました。ネーミングライツはマスターカードが購入し、『アクセプタンス(Acceptance=受容)ストリート』と名付けられ、そこには性の多様性の受容を訴える標識が立てられました。
永田:この標識には「全ての人がどんな性自認や性的指向であっても関係なく受容されていると感じることができるように」という想いが込められています。
マスターカードは同タイミングで、トランスジェンダーの人が通称名でクレジットカードを作ることができる「トゥルー・ネーム・カード」を発行すると発表しました。(2020年初頭に発行を開始予定)
マスターカードはニューヨーク市人権委員会とパートナーシップを組んでおり、こういった行政も巻き込みつつ、自社のビジネスにも丁寧に結びつけた、インパクトの大きなキャンペーンづくりは日本においても参考になるのではないでしょうか。
パレード以外にも、ブース形式の「フェスタ」も開催されていましたが、こちらは東京よりも規模はかなり小さめ。2車線くらいの道路を、2~300メートルほど封鎖してブースが集合しているという規模でした。
永田:LGBTコミュニティのブース、飲食販売のブース、ステージパフォーマンスという展開。日本でよく見るPR的な企業ブースの数は非常に少ない印象でした。既に自社店舗や街中でしっかりと展開している企業が多く、企業がわざわざ自社と関係の無いプレハブのテントに出展して何かやるというのは、相当な理由や提供価値がない限りはしようと思わないのかもしれません。
その中では、コカ・コーラが「Unlabeled(アンレーベルド)」というキャンペーンを展開していたのが印象的でした。「How do your labels make you feel?」(自分で自分のラベルを決めてみましょう)というメッセージを訴求し、自分でラベルを書いて貼っていくという仕掛けを展開して、ビルボード広告などとも連動していました。
オレオは、トランスジェンダーカラー(※5)パッケージのオレオを大量に配布。
(※5)トランスジェンダーカラーとは‥トランスジェンダーフラッグはいくつか存在するが、一番有名なものはこちらのピンク・ホワイト・ブル―の旗。
永田:オレオは「For everyone」というメッセージのもと、皆に楽しんでもらいたいお菓子であることをここ数年ずっと訴えてきたブランドです。
婚姻の平等が概ね実現したあとのアメリカでは、LGBTの課題の中でもトランスジェンダーについてのバッシングが議論の中心になっており、さらに自分の呼称を三人称で何と言うかということが英語ならではの議論になっています。こうしたトランスジェンダーを取り巻く状況を応援する意思を込めて、トランスジェンダーカラーのパッケージに包まれたオレオを無料配布。次から次へとトラックが乗り付け、段ボール箱をどんどん下ろしていき、ひたすら配布する様子は圧巻でした。
永田:ニューヨークの取り組みは本当に幅が広く、街中の全てをレインボーで染めるというのは、ここまで街中がコラボレーションしないとできないのだと痛感しました。またチャリティーのかたちや、企業やパブリックセクターとコミュニティの関わり方が、思った以上に日本と違って深く、ニューヨークの取り組みから私たちが学ぶべきことはたくさんありそうです。
■cococolor編集部がチェック!ニューヨークから学ぶポイント
プライドパレードの発祥地でもあり、とにかくスケールが大きいNYC Pride。日本の企業の取り組みと大きく違うところは、フェスタ会場でのブースの出展よりも、自社オフィスや店舗を中心に、街のいたるところでレインボーを掲げることに力を入れていたことでしょう。
小さな商店にもレインボーフラッグが掲げられる様子からは非常に強い一体感が感じられ、多種多様なさまざまなNPOへチャリティが行きわたる仕組みにも工夫が見られました。
マスターカードのAcceptance Streetの事例は、表面的なキャンペーンではない本質的な取り組みがどのようなものなのかを知る上で非常に参考になると思います。道のネーミングや標識のオブジェに企業ならではのクリエーティビティが発揮され、「トゥルー・ネーム・カード」のリリースもマスターカードがなぜLGBTに取り組むのかが明確で納得感の高いものになっていました。行政を巻き込んだキャンペーンは日本ではまだあまり見られませんが、こうしたものが表現されることは、安心して暮らしやすい街づくりにもつながるでしょう。オレオの「トランスジェンダーカラー」という色を初めて知った人も多かったのではないでしょうか。分かる人にはわかるモチーフをうまく取り入れるアイデアにも、ヒントを得られそうです!
NEXT⇒12/17(火)公開!
「世界のLGBTマーケティング最前線!②国や市が積極的に後押し!
アムステルダムをダイバーシティの震源地に」
。。。。。
世界のLGBTマーケティング最前線!全4回リンク一覧
①街全体がコラボして盛り上げる、ニューヨークプライドの底力
②国や市が積極的に後押し!アムステルダムをダイバーシティの震源地に
③マンチェスターにみる「街の祭り」の作り方
④3都市から学ぶ「7つのキーワード」企業とLGBTの理想の関係
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