「罪に問われた障がい者の支援」という使命。〈共生社会を創る愛の基金〉の村木太郎さんに訊く。
- DEIディレクター
- 濱崎伸洋
刑務所に収容される人の2~3割に、知的障がいがあるという事実。
私が「共生社会を創る愛の基金」の存在を知ったのは、今から1年半ほど前、同基金の委員就任を依頼されたことがきっかけでした。これまで企業で障がい者雇用の仕事をしてきましたが、少年院も刑務所も遠い存在でした。ところが同基金の定例会に参加し、罪に問われた障がい者の問題を知り、大きな衝撃を受けました。
同基金を運営し、この問題にいわば “ライフワーク” として取り組んでいらっしゃるのが、村木太郎さんと村木厚子さんご夫妻です。今回、cococolorでは同基金の担当理事をつとめる村木太郎さんにインタビューをしました。
福祉と司法、水と油の世界をつなぐのが使命。
濱崎:じつは私、恥ずかしながら、罪に問われた障がい者が大きな社会的課題だということを、「愛の基金」に参加するまで知りませんでした。
村木:あまり知られていませんが、少年院や刑務所の入所者の2~3割に知的・発達障がいがあり、障がいはあるけれど手帳を取得するほどではない、いわゆる“ボーダー”の人たちも含めるとさらに多くなります
精神障がいについても、たまに幻覚・幻聴から凶悪犯罪を起こす人がいると大きく報道され、「精神障がい者は怖い」というイメージが拡散しがちですが、実は凶悪犯罪は圧倒的に健常者が犯すことが多く、精神障がい者の多くは、加害者というよりも、例えば特殊詐欺の受け子のように、障がいにつけ込まれて巻き込まれてしまうケースが多いわけです。
濱崎:村木さんがなぜこの問題に向き合うことになったのか、お話いただけますでしょうか。
村木:私の妻、村木厚子は障害者郵便制度の悪用事件で逮捕され、半年間、大阪の拘置所に収容されました。この事件は私から見て不自然極まりなく、やがて厚子は釈放され無罪が確定するのですが、その後、大阪地検の担当検察官によるフロッピーディスクの改ざんが発覚し、検察官3名が逮捕されるという異例の事態に発展しました。
厚子の嫌疑が晴れたとはいえ、私たちはどこか釈然としませんでした。なぜ、こんな台本ありきの捜査が行われたのか。真実を知りたくて、国に対し賠償請求の裁判を起こしました。ところが、起訴から半年ほどが過ぎたある日、担当弁護士の先生が暗い声で電話をかけてきて、「被告が認諾してきたよ」と言いました。
「認諾」、すべて認める代わりに法廷には立たない、賠償金は支払う、ということです。そして、私たちの口座に賠償金が振り込まれました。
もちろん、私たちはお金が欲しかったわけではありません。このお金は私的に使うべきではない、と考えていたときに、人生の師匠とでも言うべき方と“罪に問われた障がい者”の問題について話す機会がありました。
福祉で支援すべき人たちが、刑務所に入ってしまうという事実。福祉行政に携わってきた人間として、申し訳ないとおもいました。
それまで福祉の世界と司法の世界は水と油、前者は優しいイメージで後者は怖いイメージだったのですが、一見真逆な2つの世界がじつはつながっているということを初めて意識しました。そこに光を当て、解決していくことは自分たちの「天命」だとおもい、基金を設立しました。
官の世界にいたからわかる、民がやるほうがうまくいくこと。
濱崎:なるほど、あの不幸な事件がきっかけで、太郎さん夫妻は天命に導かれたのですね。では、基金の活動についてお話いただけますか。
村木:そうですね、一つに「トラブルシューター」事業があります。「トラブルシューター」というのは、障がい者が逮捕されたとき、本人やその家族を支援する人たちのことです。
自分の子どもが逮捕されると、ほとんどの親はパニックになる。一方、司法の人間も障がいのことをよくわかっていないから、問題がこじれてしまう。その間をつなぐ、福祉と司法の両方をわかっている人が必要なんです。福祉関係者や教員、弁護士、医療従事者といった方々を地域ごとにネットワーク化して勉強会を実施し、具体的な相談が持ち込まれたら対応する。少しずつですが、全国に広がっています。また、知的・発達障がいのある人たち向けに「してはいけないこと(犯罪)」「気をつけたいこと」をイラストでわかりやすくまとめた「暮らしのルールブック」を作成しています。これは4万部も売れるヒットになっています。
濱崎:そういう活動は行政の仕事だとおもうのですが、なぜ村木さんの基金でやる必要があるのでしょうか。
村木:なんでも行政の力を借りればいいというわけではなく、民間でやるメリットもあるわけです。行政を絡めると行政の論理になってしまうというか、まずどこの所管になるかという話になってしまうんです。福祉と司法、異なる所管をつなぐとなると、民間のほうがやりやすいこともあるわけです。
濱崎:なるほど、官と民両方の世界を知る太郎さんや厚子さんならではの発想だと思います。そういう意味で、年に1回のシンポジウムも官と民の橋渡しになっていますね。
村木:基金発足の年から実施していますので、今年で13回目になります。
濱崎:私は昨年、初めて視聴したのですが、午前と午後の2部構成で、午前は関係省庁の幹部による報告、午後は学識者や支援者、当事者によるパネルディスカッションで、どちらも話の内容が芯を食っているな、という印象でした。
※2023年のシンポジウムのチラシ
※2016年のシンポジウムに登壇する村木太郎氏
※2016年のシンポジウムでは、村木太郎氏に「罪に問われた障がい者」の問題に気づきを与えてくれた田島良昭氏と登壇
村木:はい、一昨年は日弁連会長と検事総長が登壇、昨年はベストセラーの著者や、少年院・女子少年院を出所した若者を支援する団体や企業の方々が登壇しました。
濱崎:昨年登壇したお好み焼きチェーンの会長さんのお話も、熱量がすごかったですね。「罪に問われた若者たちを採用するにあたり、ものすごく悩んだ。風評が立ってお客さんが減ったらどうしよう、従業員に迷惑をかけたらどうしよう…でもある時、腹をくくったんです。正しいことをやって、後ろ指をさされるような日本だったら、そんな日本潰れてしまえって」。お店は変わらず繁盛しているそうで、日本もまだまだ捨てたものじゃないとホッとしました。
村木:そう、あの方は法務省が推進する、出所した若者を企業が雇用する「職親プロジェクト」の最大の理解者のお一人なんです。
あと意外と好評なのが、午前の部の省庁報告。役人の話なんてどこが面白いんだろうと思ったのですが、法務省、厚労省、文科省といった各省庁の話をまとめて聴ける機会は他にないということで、ありがたいようです。
濱崎:あと、「助成事業」も重要な活動の一つですよね。
村木:はい、罪に問われた障がい者の支援を草の根で活動している団体に、ささやかな額ですが毎年助成金を出しています。ユニークな活動もけっこう多くて、例えば、「ぴあサポート」。少年院から出るとみんな大体一人ぼっちで、迎えてくれるのは暴走族か暴力団ということが多い。で、しばらくすると再犯に走るというわけです。社会復帰をきちんと果たした少年院の「先輩」たちが、それを防ぐため、誰よりも先に彼らを迎えようという活動をしています。
他にも、啓発映画を作りたい、みんなが一体になれる場としてのお祭りをやりたい、出所者に住宅の世話をしたい、等々いろいろな団体が応募されます。
2025年、明治以来の刑法の考え方が劇的に変わる。
濱崎:太郎さんも厚子さんも体が幾つあるんだろうって思うくらい、ものすごい活動量ですが、基金をずっと運営してきて、いまどんなことを考えていますか。
村木:忙しかったけど、あまり大変という気はしなかったですね。仲間に恵まれたとおもいます。
全国には草の根でいろいろな活動をやっている人がいて、自分の視野がずいぶん広がりました。あと、司法のほうもずいぶん変わってきた。特に、25年6月施行の刑法改正は大きいですね。「懲罰」よりも「更生」、「塀の中」よりも「出所後」のことを注視するという思想は、日本の司法史上、画期的な出来事だとおもいます。
検察の中にも障がいのある受刑者の社会復帰支援について真剣に考える人が増えてきたり、弁護士のネットワークもできたりと、世の中少しずつ進んできています。
濱崎:この夏もシンポジウムが開催されますね、テーマは、発達障がいのある方々の生きづらさということで、こちらも非常に今日的なテーマですし、どんな議論が交わされるか、とても楽しみです。
本日はいろいろお話いただき、ありがとうございました。
※村木太郎氏と筆者(左)
取材を終えて
村木太郎さんと名刺交換して、その肩書の多さに驚きました。罪に問われた障がい者の支援、障がい者全般の就労支援、生きづらさを抱えた若年女性の支援、介護施設の評価機関等々、太郎さんの肩書の多さは、そのまま、一つの課題に向き合うためには他の課題との連携が必要だということを表しています。「水と油をつなぐのが使命」とおっしゃっていた太郎さん、省庁幹部出身とは思えない、優しいまなざしが印象的でした。
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