アート×テクノロジーでかなえたいのは、重度障がい者の“生”のリアリティ。
- DEIディレクター
- 濱崎伸洋
「デジリハ」は、アートとテクノロジーの掛け合わせにより、リハビリを“遊び”に変えるアプリ。リハビリが苦痛、という重度障がいのある子どもたちのために開発されました。仕掛けたのは、イベントプランナーから福祉へという異色の経歴をもつ、NPO法人Ubdobe代表理事、(株)デジリハ 代表取締役の岡勇樹さんです。
※デジリハの岡勇樹さん
きっかけは、重度障がい者の娘がいるメンバーの存在。
岡さんの学生時代は、イベント企画や音楽活動にどっぷりハマる毎日でした。ところが21歳で母親を癌で亡くし、祖父が認知症を患うなど人生の転機が重なることで、心境に変化が訪れます。「認知症のお爺ちゃんが、好きな音楽には反応するんですよ」 会社を辞めて音楽療法の学校に通い、29歳でNPO法人Ubdobeを立ち上げます。
Ubdobeでは、「医療福祉×エンターテインメント 」を合言葉に、障がいの有無に関係なくみんなで盛り上がれるイベントを企画してきました。転機となったのは福岡で開催されたフェスのキッズゾーンを企画・制作した時のこと。デジタルアートで創った空間を子どもたちが夢中で跳ねたり壁にタッチしたりする光景を眺めているうちに、Ubdobeスタッフの一人で、筋ジストロフィーの娘さんをもつ加藤さんの言葉が心によぎりました。「娘がリハビリを嫌がって、リハビリの時間になると泣いてしまう」「生まれてからずっとやってきて、これからもずっとやることになるリハビリの時間が、もっと楽しいものになればいいのに」このフェスでつながった技術、知識、人脈を、リハビリに活用できないか・・・その着想を岡さんはすぐに加藤さんに話します。こうして、デジリハ事業がスタートしました。
社会の文脈とかには無頓着。興味があるのは、近しい人の感情。
デジリハのメンバーがユニークなのは、徹底して“現場志向”ということ。デザイナーもプログラマーも営業担当も、その多くが医療や福祉の現場経験者や当事者家族です。決して妄想では作らない、現場の声を反映したモノ作り。近年のソーシャルブーム、SDGsブームの影響で、インクルージョンを謳うデザインを手がけるクリエーターも増えていますが、当事者にとっては「?」という見当違いのデザインも存在します。私がそんな話を向けると、岡さんは「うちのメンバーは、SDGsとかダイバーシティという言葉をあまり使いません。コマーシャリズムの匂いに強い拒否感を示すメンバーもいます」と苦笑い。「重度になるほど目の前で人が亡くなるなんてこともあるので、悔しい想いをした経験のあるメンバーも多い」「私もどちらかというと、社会の文脈には無頓着。興味があるのは近い人の感情だけです」
デジリハのアプリは、現場を知るメンバーの手で開発された後も、実際にデジリハを試した当事者やその家族、理学療法士の声によってさらに磨かれます。「障がい者支援って、きわめて個別性が強い分野なんです。こっちで使えたアプリがあっちでは使えない、なんて話はしょっちゅうです」個別性の強さはビジネスと相容れないのでは、そんな私の質問に対して「時期の問題ではないでしょうか?今の時期は、この技術はこの子のため、この施設のためという感じで改良を加えていくしかありませんが、やがてそれが他の人もカバーし、最終的には全人類向けとなって、ビジネスとしてペイしていくと信じています」
※デジリハを楽しむ子どもたち(デジリハHPより)
元気な子と重度障がいの子が一緒に遊ぶ、それを可能にするのはセンサー技術。
デジリハにとって、リハビリを楽しくやろうというのはあくまで第一段階。本当にやりたいのはインクルーシブ な社会の実現だと、岡さんは言います。障がいのある方とない方、重い方と軽い方の対等な関係性を実現する、そのカギとなるのはセンサー技術です。「指しか動かせない重度障がいのある子と、全身動かして跳ね回ることのできる子が、それぞれのセンサーを調整することで対等に遊ぶことができるのです。手指や目の動きだけでなく、脳波にも反応するセンサーもあります。テクノロジーが障がい者の選択肢を増やすのだ、という気持ちで、今はいろいろなセンサー技術を試しています」
コロナ禍の影響で人々がリアルに交流する機会が減った一方、これまで接する機会のなかった人同士の交流が生まれたり、現場にいないと体験できなかったことが自宅でもできるようになりました。デジリハもまたウィズコロナ時代にふさわしいデジタルツールなのでは、と水を向けると、岡さんの反応は意外にも「いや、どこにいても出来る、ということが、決していいわけではありません」とのこと。「テクノロジーが重度障がい者の活動範囲を狭めることになってはいけません。北海道にいる人と沖縄にいる人がデジリハで繋がって、面白かったねーで終わるのでなく、沖縄にいる人が北海道まで会いに行く。飛行機に乗ったり、いろいろな風景を見たり、雪に触れてみたり、そういう経験のきっかけにデジリハがなれたらいいですね」
「福祉の現場はどうしても、医療的なケアや生活介護に時間を奪われてしまい、なかなか社会との交流に取り組めません。障がいのある子とない子がそれぞれのデバイスのセンサーを調整することで、平等な条件で一緒に遊んだり、どんなアプリを作ろうといった話で盛り上がったり、そんなこともやりたくて、“デジリハLAB ”という取り組みを始めてます」
※センサーの感度は画面上で調整できる。
※〈そらの水族館〉を体験する筆者
※壁に設置されたセンサー〈HOKUYO〉
人が生まれて、死んでいく。ただそれだけのことを、いかに輝かせるか。
デジリハでは、現在30ものアプリが商品化されています。その中で手応えを一番感じたアプリはどれですか、と質問すると「私はこう見えてとてもガティブ志向なので(笑)、なかなか自分のやっていることにいい点をつけられないのですが、その中でも〈そらの水族館〉〈びしゃびしゃパニック〉〈もぎゅっと!フルーツ〉は比較的手応えを感じて、訪問先でのデモンストレーションにもよく使っています」とのこと。
〈空の水族館〉はクジラやシロクマ、自動車などが大空を浮遊しているところを、自分の好きなものにタッチする、というアプリ。〈びしゃびしゃパニック〉は、通りを行き交う人々に水鉄砲をびしゃびしゃ浴びせてその反応を楽しむ、というアプリ。〈もぎゅっとフルーツ〉は、果樹園のフルーツをぎゅっとつかんでバスケットに入れるというアプリ。いずれも初期設定で障がい特性に合わせてセンサーの感度を調整することで、障がいの重い人から軽い人まで、自分のペースで楽しむことができます。「〈もぎゅっとフルーツ〉と同じ手の動きを、例えばお手玉を使ってリアルにやると、楽しさより苦痛が前に出てしまうのですが、デジリハだとゲーム感覚で楽しめて、結果リハビリになるんです」
どのアプリもデザインや動きに独特のキラキラ感があり、私はそこに“愛情”のようなものを感じました。自分の近しい人に見せたい世界をデザインする・・・メンバー全員が当事者に近いというデジリハならではのデザインかもしれません。
※デジリハアプリの数々(上から〈そらの水族館〉〈びしゃびしゃパニック〉〈もぎゅっと!フルーツ〉〈むしコレ!〉〈きらきらジュエリー〉)
最後にずっと気になっていたことを質問しました。“Ubdobe”という法人名の意味は?「これは19歳のときに仲間と結成したイベントチームの名前なんです。みんなで“ディジュリドゥ”というアボリジニの民族楽器を吹いているときに、一瞬“ウブドべ”って音が聴こえて、〈今の音、すごく面白くなかった?〉ってみんなで盛り上がって、そのままチーム名になってしまったというわけです」
民族楽器から偶然聴こえた音が、岡さんの人生はもちろん、重度障がいのある方々や支援する方々の人生にコミットしていることの面白さ、不可思議さ。「福祉の現場に身を置いていると、人が生まれて死んでいく、ただそれだけのことをいかに輝かせることができるか、ということに尽きるんですよね」岡さんがインタビューの合い間につぶやいた言葉が、通奏低音のように脳内をこだまします。
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