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4 Apr. 2022

アカデミー賞受賞 ろう者の家族を描いた『コーダ あいのうた』

在原遥子
プロデューサー
在原遥子

CODAという英語を知っていますか? 「CODA(コーダ)」とは、「Children of Deaf Adults」の頭文字を取っており、聴覚に障害のある親を持つ子供たち、という意味です。日本で1月21日から劇場公開された映画「コーダ あいのうた」は、公開されるやいなや、じわじわと高評価の口コミが集まり、話題になりました。また、今年のアカデミー賞では作品賞・助演男優賞(トロイ・コッツァー)・脚色賞の3部門を受賞する快挙を達成しました。

 

『コーダ あいのうた』あらすじ

 

豊かな自然に恵まれた海の町で暮らす高校生のルビー(エミリア・ジョーンズ)は、両親と兄の4人家族の中で一人だけ耳が聞こえるので、幼い頃から家族と社会との“通訳”となり、家業である漁業も毎日欠かさず手伝っていました。新学期になり、ルビーは秘かに憧れるクラスメイトのマイルズと同じ合唱クラブに入ったところ、顧問の先生はルビーの歌の才能に気づき、都会の名門音楽大学の受験を強く勧めてきたのです。しかしルビーの歌声が聞こえない両親は娘の才能を信じられず、家業の方が大事だと大反対します。悩んだルビーは夢よりも家族の助けを続けることを選びますが、思いがけない方法で娘の才能に気づいた父は、意外な決意をするのでした…。

 

製作陣の想い

 

実はこの映画は、2014年のフランス映画『エール!』のリメイク作品です。脚本を書き、監督としてメガホンもとったシアン・ヘダー氏は、オリジナル作品を基にしつつ自分らしいストーリーを作り出し聴覚に障害のあるキャラクターをしっかりと描くため、アメリカ式手話(ASL)の授業を受講し、CODAたちへのインタビューも行ったそうです。すでに映画を観た方はお分かりになるかと思いますが、この作品がもたらす感動はキャスティングが一番のポイントになっています。主人公のルビーの役柄は、幼い頃から家族に通訳として頼られる重圧を背負っていたことから、同級生に比べて大人びた雰囲気があり、手話を流ちょうにこなし、かつ歌声で人の心を動かすこともできる、というたくさんのハイレベルな要求を満たさなければならなかったのです。

そして、聴覚に障害のあるルビーの父・母・兄の3人は、ヘダー監督のこだわりですべて聴覚に障害のある俳優が演じています。今回、ルビーの父フランクを演じたトロイ・コッツァー氏は、男性のろう者俳優として初めてのオスカー受賞となりました。ヘダー監督は、「耳の聞こえない人の役があるのに、耳の聞こえない優秀な役者を起用しないというのは考えられなかった」と語っており、この映画のメッセージ性は製作陣の想いの強さからも感じ取ることができます。

 

耳が聞こえない、という体験

 

聴者にとっては、ろう者であるルビーの家族の心情を十分に理解することはどうしても難しいところがあると思います。しかし、この映画ではある重要なシーンで特別な演出がなされており、耳が聞こえないと世界がどのように見えるかを、ほんの一部ではありますが体験できるようになっています。このシーンの前後では、ルビーの家族に抱く観客の感情は大きく変化するはずです。どんなに分かり合いたいと願い努力しても、埋めることのできない壁をまざまざと突きつけられ、そのうえでルビーとルビーの家族がその壁を乗り越えようとしていくコミュニケーションステップの凄みが一層伝わってきます。アカデミー作品賞受賞の大きなポイントとなっているシーンではないかと思いますので、必見です。

 

 

家族を取るか、自分の夢を取るか

 

ここまで読んでいただくと、この映画は障害がテーマなのかな、と感じる方も多いかもしれませんが、私がこの映画を観て感動したのは実は障害のテーマとは別の部分でした。それは、「親子の価値観の違いにどう向き合うか」というテーマです。ルビーが歌の才能があるということを信じられず、名門音楽大学に進学することを反対する両親を見て、私は憤りも感じていました。「通訳係であるルビーがいなくなれば、家業もままならなくなる」とルビーを束縛するのは、両親の勝手な願望だと思いました。日本でも昨今取り上げられている、「ヤングケアラー」の問題にも繋がるところがあります。

しかしシアン・ヘダー監督は「親と同じ言葉を話せず、親とは違う世界にいるというコミュニケーションの欠如は、すべてのティーンエイジャーにとって共通する経験よ」 と語っています。この映画はろう者と聴者のコミュニケーションの葛藤を描いているようで、実はルビーが向き合っているのは普遍的なテーマなのです。たとえ親子ともに障害がなくても、共通言語がなく、見えている世界がまるで違い、価値観も離れてしまって、他人以上に分かり合えないと絶望するような時期はあるでしょう。そんななかで一歩立ち止まり、自分の見えている世界を疑って娘に歩み寄ったルビーの父フランクの行動と、そこに呼応する母・兄の決断も、それぞれが自立していく様子を目の当たりにするシーンで涙を誘う展開です。

 

 

ダイバーシティが描かれるエンタテインメント作品は数多くありますが、この映画はその中でも観た人それぞれで印象に残るポイントが様々で、「障害のある家族の映画」に留まらない感動作です。是非大切な人とご覧になってみてはいかがでしょうか。

 

文・在原遥子

 

 

 『コーダ あいのうた』 配給:GAGA

監督・脚本:シアン・ヘダー

出演:エミリア・ジョーンズ、フェルディア・ウォルシュ=ピーロ、マーリー・マトリン ほか

https://gaga.ne.jp/coda/

© 2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS

取材・文: 在原遥子
Reporting and Statement: yokoarihara

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