COTENから学ぶ「性の歴史」
- コミュニケーション・プランナー
- 國富友希愛
■はじめに
昨今ジェンダーの話やセクシュアリティの話。性と生殖に関する健康と権利の話など、「性」にまつわるトピックを目にする機会が増えてきています。現代の日本においてSEX(性)についてオープンに話をすることは忌避感をもたれることが多いという印象があります。一方、社会の中で、性教育の充実を求める声も聞こえてきます。歴史というファクトを通して、性について俯瞰して考えられるコンテンツを発信している(株)COTENの深井龍之介さん/楊睿之さん/下西伽倻子さんを社内セミナーにお呼びし、電通社員で自らの「性」について考える機会がありました。本記事は、性の歴史のご講演についてのレポートです。
(株)COTENさんが運営されているCOTEN RADIOでは、先史時代から20世紀までの性の歴史を何十冊もの文献をもとに、ポイントがまとめられています。COTEN RADIOでは、性の歴史の他にも、幅広い歴史について、面白く・わかりやすくご紹介されています。
▼COTEN RADIO
■「性」は本能なのか?
人間のセクシュアリティや性衝動は“本能”に基づくものだと思われがちですが、実は、本能ではなく、「性」とは“社会”に規定されたものであることである、ということが「性の歴史」の勉強を通してわかります。私たちは何に対して性欲がわくのか?何に対して興奮をするか?といったことが、本能に起因すると思いがちですが、それらは社会的に規定されているということです。性の価値観は、時代と場所が変わると千差万別に変わります。そして、性的なものは社会のタブーとも密接に関わりがあるので、タブー自体も、社会と時代が変わると、ころころと変遷するのです。
■女性器信仰からファルス(男性器)信仰へ
人間は長い間、なぜ子供が誕生するのかをわかっていませんでした。1万年くらい前に、性行為と妊娠には、つながりがあるんじゃないかということを認識しはじめます。人間の妊娠期間は10カ月間と比較的長く、頻繁に行う性行為と妊娠出産がつながっていなかったのです。考えてみればそれはそうで、当時顕微鏡はありませんし、受精について理解することはできませんよね。特に、先史時代の人たちは、複数の人たちとセックスをしているとされています。村の中で相互にフリーセックスをしている中で、子どもが理由もなく子宮に現れる。そのことが、神秘的なものとして捉えられていました。つまり、女性がひとりでに子どもを産んでいるというのが、ナチュラルな認識だったのです。しかし、牧畜が始まってから、その認識に変化が生まれます。人間が動物を飼い始め、動物を観察するようになると、動物には発情期というものがあって、発情期にセックスをして、子孫を残していることがわかる。発情期以外にセックスをするのは、イルカとボノボと人間のような少ない種類だけで、その他の動物は発情期にセックスをして妊娠します。妊娠期間が人間よりも短い動物を牧畜することで、セックスによって、子どもがうまれると関連性に気がついたのです。それまでは、女性器を信仰することがスタンダードでした。ほとんどの社会で、女性器には魔術的なパワーがあると思われていて、女性がひとりでに子どもを産むことができると思われていましたし、女性の陰部をみせることで、海が鎮まったり嵐が静まったりすると思われていたりもしました。女性器に対して超人的な影響力があると思われていたのですが、セックスと妊娠の関係性に気が付いたことで、男の人が出産に関与しているということが分かった結果、ファルス信仰(ペニス信仰)が始まります。妊娠に男性が関与していることが分かった時代と、ファルス信仰がでてくる時代が一致しているのです。ファルス信仰の登場と同時に、男性が子どもそのものと、女性の妊娠機能に対して所有をしたいという欲求が顕在化されていきます。子孫と血筋を紐づけるという概念が生まれ、女性の所有物化がはじまっていきます。所有物化というのはどういうことかというと、現代のペットのような状態です。愛情も注いでいるし、ペットを人と同じように扱う人もいるが、法律としては、所有物とされる感覚に近いです。女性がレイプされたという事件があると、女性の所有者である父親/配偶者の財産を棄損したという扱いがされるのです。そして、女性の所有物化によって、処女信仰がはじまります。農業によって社会の生産性があがって、富の蓄積がおき、格差がうまれるようになる中で、自分の財産を確実に血をわけた子どもに授けるために、女性の貞操を求めるようになったという背景があります。逆に言うと、処女信仰がうまれる前の社会というのは、処女性というものを一切気にしない社会でした。日本も、後者の社会でした。ところが、女性の所有物化が始まると、女性の処女性にお金を払われることになりました。婚資(結納金など)がそれにあてはまります。処女であるかどうかによって、婚資がいくらになるのかが値踏みされます。父親が、娘の処女性に気をつけるという価値観は、こういうところから生まれています。娘の処女性を守るということが父親の義務だったのです。日本は武家社会以外は、処女性を気にしていませんでした。男性に財産を相続させていく以上、結果的に女性の処女性が財産になっていき、処女性にプレミアムがついていく現象がおこりました。
人権の概念は、フランス革命以前は、ほとんどの男性にも存在しませんでしたが、フランス革命以降、人権の概念を獲得したあとも、女性の所有物化は長く続きます。子どもが生まれるということと、女性の所有物化に密接な関係があったのです。
■タブーは社会によって変化する
ある社会のタブーが何かをみていくと、その社会の特徴が何かがわかります。たとえば、タブーの一つに近親相姦があります。近親相姦を禁止するか奨励するかは、時代と文化によって違います。近親相姦をタブー視する社会の例に、古代バビロニア人の社会があります。彼らは、伝染病が流行すると、近親相姦があったからだ、という解釈をしていました。近親相姦とは呪いの行為であり、近親相姦に関った者は処刑されていました。共同体の安定性を保つための挙動として、近親相姦を禁止していた社会です。現在では、近親相姦を繰り返すと遺伝子的にバグが発生するという説もありますし、先ほど説明した女性の所有物化と近親相姦の忌避とは関係があるとも言えます。父親と娘が性行為をすると処女性が崩壊しますよね。近親相姦を禁止していない社会もあります。古代エジプト人にとって、近親相姦は、ごく自然なこととされていました。エジプトのファラオは姉妹や娘と結ばれることがスタンダードでした。それは、血の神聖性を守る=混血にしないという考え方がベースにあり、王家が増えていくことを防ぐためでした。古代ペルシアでも近親相姦が推奨されていました。近親相姦を拒否した場合は、最大級の天罰がくだると考えられていたといわれています。近親相姦が呪いであったバビロニアと180度違う社会です。このように、タブーは社会によって規定されます。同性愛でも同じことが言えます。
■同性愛をどのようにとらえるか
同性愛の行為は、動物の世界でも広くみられます。ヒト以外の哺乳類、鳥類、爬虫類、魚類、両生類、昆虫、などの他の生き物の中でも、自然的な同性間での性行為がみられます。異性愛がスタンダードとは言い切れないということです。さらに、肛門性交というのは、ほとんどの社会では忌避ではありませんでした。男同士の性行為は、男女間の結婚のさまたげになるということ以外では問題視されていなかったのです。ほとんどの社会で、ごく一般的な行為とされていた同性間の性行為を、強く拒否・禁止していた社会が、ユダヤ人の社会です。ユダヤ教の中では、同性間の性行為は禁避事項として捉えられていましたし、性行為そのものへの忌避感も強いものでした。他方で、ギリシャ人は、性的な快楽と、知的好奇心が同列のもので、勉強とセックスのどちらが崇高か?というと、どちらでもなく、バランスよく行為をする調和がとれていることが目指されていました。セックス=忌避するものと思っていないのです。性行為だけでなく、売春についても、社会によって価値観が異なります。ヘブライ人の社会では売春婦は悪いものと捉えられていますが、売春が神聖なものとして捉えられている社会も存在しました。古代バビロニアでは、処女が忌避されていて、売春してから結婚をするのが常であったのです。
■キリスト教の普及と性の関係
世界の中で、ユダヤ人はセックスを忌避していました。セックスは汚いものであって、してはいけないものだが、罪深い人間は行ってしまっている、という考え方はキリスト教に受け継がれます。イエスキリストはユダヤ人ですし、キリスト教はユダヤ教の亜種です。この社会は、立派な人間は、セックスしないという概念の社会になります。キリスト教が国教化されるようになってから、セックスはなるべくしてはいけない、同性間はもってのほかである、という価値観が、ヨーロッパ全体に数百年をかけて広がっていきました。自分のコミュニティの中で、男性間セックスをする人、淫乱なセックスをする人がいるとコミュニティ全体が滅ぼされる、という概念や、女性への管理は宗教改革を経ても強まってきます。してもいいセックスとしてはいけないセックスが誕生し、それ以外をしてしまった場合は懺悔をしにいかなければならなくなりました。
■近代以降の性
宗教が支配している時代から、人権という概念がでてきて、奴隷・貴族・性別にもかかわらず、命はみな平等であり、我々はみな幸福を追求する権利があるということを欧米社会で唱えられるようになっていきます。しかし、ここでも宗教と倫理観は密接につながっているので、社会的地位がある人は、セックスが良いことだとは堂々と言えない状況にあります。その後、資本主義化し、工業化し、アジアも近代化するために、西洋の社会システムを輸入して駆動させようとする試みを行います。日本社会はそれまで男性間の性行為を地位の高い将軍のほとんどが行っていたし、売春をする男性も女性もいて、その人たちには、教養もある、という見方がされていましたが、西洋列強と比較したときに、西洋社会の性概念も輸入をすることになりました。処女性も気にしていなかったし、祭りというフリーセックス文化もありましたし、ブラジャーもつけず男女混浴だったのが、裸をみせてはいけないという価値観に変化していきます。性の概念が変わるのには、数十年から数百年かけて変わる。ひいひいおじいさんの世代にとっては普通だったことが、私たちにとっては普通じゃなくなっている。私たちが当たり前だと思っていることが社会的に規定されていて、社会によってそのように思われているということがここまでの話で伝わりましたでしょうか。私たちがファクトを知ることで、しがらみから自由になることは大事だと思っています。過去にどんなことがあったか、現在と未来をどう規定するかは分けて考えたほうがいいです。
■歴史を知ると現代の性をメタ認知できる
現代にかけて科学というものが勃興する中で、みんなこう思うよね、なぜなら神様がこういってるからね!から、みんなこう思うよね、なぜなら科学的にこうだから!に変化していきます。マスターベーションは科学的にいいことなのか悪いことなのか、女性には性欲があるのかないのか、という議論も科学を論拠に行われてきました。少し前までは、男性脳と女性脳で男性と女性を説明するニューロセクシズムとよばれるものが肯定されていました。私たちは、科学を信じやすく、科学によって説明されることを肯定する社会に生きているのだということを、メタ認知ができると面白いですね。私は科学が好きですが、科学が常に完璧ではないこともあります。XX年後の人に、私たちのことを「科学信じてたんだ」といわれる時代もくるかもしれません。
深井龍之介さん
複数のベンチャー企業で取締役や社外取締役として経営に携わりながら、2016年に株式会社COTENを設立。3500年分の世界史情報を体系的に整理し、社会や人間の傾向・パターンを、誰もが抽出可能にする世界史データベースを開発中。COTENの広報活動として「歴史を面白く学ぶコテンラジオ(COTEN RADIO)」を配信。「Japan Podcast Awards2019」で大賞とSpotify賞をダブル受賞。Apple Podcastランキング1位を獲得。ICCサミット2021KYOYO他複数回登壇。NewsPicksにてリベラルアーツを語る「a scope」を連載。NTT「ナチュラルな社会をめざすラボ」顧問。
楊睿之さん
中国四川省成都出身。在日20年。九州大学文学部比較宗教学卒。中国でのイチゴ、トマト栽培事業、日本での環境系コンサル会社を経て、現在は環福連携の調査研究に従事する傍ら、2018年よりコテンに参画。「歴史を面白く学ぶコテンラジオ(COTEN RADIO)」スピーカー、「コテンラジオSpotifyオリジナル」メインスピーカー。ICCサミット2021KYOYO登壇。得意料理は麻婆豆腐。
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