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Apr.

2024

interview
5 Aug. 2022

定量調査で考えるジェンダー ~調査×ダイバーシティ 第3弾~

田中直也
副編集長 / ライター
田中直也

電通グループのシンクタンクである電通総研では、これまでにさまざまな「定量調査」を実施してきました。

「定量調査」を通じて示される「数値」や「量」は、時に個人の認識を変え、学校・企業・自治体など組織のルールを変え、そして社会全体の潮目を変えるきっかけの一つにもなり得ます。

「調査×ダイバーシティ」をテーマとして、
「調査は、世の中の価値観形成に、どのように影響をもたらすのか?」
その可能性について探っていく本連載。

第3弾の今回は、ダイバーシティの中でも「ジェンダー」を軸に、「世界価値観調査」や「ジェンダーに関する意識調査」を担当されている電通総研の中川 紗佑里さんに、「定量調査で考えるジェンダー」をテーマにお話を伺いました。

  

※連載第1弾: 「調査で世の中を動かすリサーチャーから見たダイバーシティ課題

※連載第2弾: 「『ママ』のスペシャリスト集団と夫婦のカタチについて考える

 

 

定量調査から見えてくる「ジェンダー」

 

―「ジェンダー」に関する定量調査として、最も古いものは何がありますか。

 

中川さん:
電通総研が実施するさまざまな定量調査を「ジェンダー」というテーマで見てみると、「世界価値観調査」という調査の中で、約30年間継続して聞き続けている項目があります。

「世界価値観調査」は、ヨーロッパで始まった欧州価値観調査にルーツを持つ、約40年間続く世界的な調査です。現在では延べ120以上の国と地域が参加しており、個人を対象に価値観を聞くもので、設問の範囲は政治観、経済観、労働観、教育観、宗教観、家族観など290項目におよび、その中にジェンダーに関する項目も含まれています。
電通総研は、第 2回調査(1990年)から「世界価値観調査」に参画していて、2019年で 7回目となりました。

 

―そのような「大規模な調査」における「ジェンダーに関する項目」からは、どのようなことがわかるのでしょうか。

 

中川さん:
長期にわたって定点調査を行ってきたことで、例えば次のようなことがわかります。

1990年の調査では、日本において「母親がお金のために働くと、子どもに迷惑がかかる」という意見に賛成する人の割合は52.7%でした。この数字は、2019年に13.5%まで減少しています。逆に、反対する人の割合は68.5%まで上昇していて、日本において家族観や性別役割分業意識が大きく変化したことが見てとれます。

 

(出展:「世界価値観調査」1990〜2019年日本時系列分析レポート

 

一方、同じ設問を他の国と比較してみると…。

2019年の調査では、日本は賛成の割合が77か国・地域中74位。つまり、世界の中でも母親が働くことを肯定的に捉えている人の割合が高いことがわかります。どうですか、ちょっと意外じゃないですか?ちなみに、75位はインドネシア、76位は台湾、そして77位はデンマークでした。

 

(出展:【世界価値観調査】国際比較レポート20220727revised

 

世界価値観調査のように長期間継続して実施されている国際調査では、ひとつのテーマに対して「タテの比較」や「ヨコの比較」ができるので、時代による変化や国・地域ごとの特色を知ることができます。

一方、電通総研ではその時々で社会的関心の高いテーマに特化したコンパクトな調査を実施することもあります。

 

―「コンパクトな調査」とは、例えばどのような調査がありますか。

 

中川さん:
例えば、電通総研コンパス第6回「ジェンダーに関する意識調査」という調査があります。この調査は、2021年2月に18歳~79歳の3,000人を対象に、インターネット調査で実施したものです。

「以下に挙げる分野で、男女は平等になっていると思いますか。」という設問では、「学校」や「家庭」については、「平等になっていると思う」と答えた人が半数を超えましたが、「社会全体」や「職場」については「男性の方が優遇されている」もしくは「どちらかというと男性の方が優遇されている」と答えた人が約6割という結果になりました。

 

(出展:【電通総研コンパス第6回調査】ジェンダーに関する意識調査

 


テーマを絞っていろんな角度から質問すると、個々の「社会課題」をより高解像度で理解するための手がかりを得ることができることが多いと思います。
ただし、単発の調査では人々の意識が実査のタイミングの社会情勢にどの程度影響を受けているのか、といったことを判別することは難しいので、こちらも経年で変化を追っていったり、他の調査・先行研究を参考にすることが望ましいと思います。

―このような調査の特徴まで理解した上で、調査結果と向き合うことが大切だということですね。

 

 

定量調査が持つジレンマ


―「定量調査」の中にも様々な種類があることや、その特徴を教えていただきましたが、「定量調査」の限界についても教えていただけますか。

 

中川さん:
定量調査には様々なジレンマがあって、私も日々頭を抱えています。
各調査手法のメリット・デメリットについては、本連載の他の皆さんや、すでにさまざまな研究があるのでそちらに譲るとして、ここでは「ダイバーシティ」という視点で定量調査が内包しうる課題について考えたいと思います。

例えば、電通総研の調査では多くの場合、回答者が日本の縮図に近くなるように、性・年代で「割付」(回収する回答数をセグメント別に決めておくこと)します。一般的に、その割付の基準となるのは「国勢調査」です。ただし、現状の日本の国勢調査では、性別は「男性」「女性」の2つしかないので、回答者の性あり方の多様性が現実に即する形で反映できていないという課題があります。
(参考:連載第1弾「一般的に取られる選択肢が男女のみの「性別」は、性自認が多様化した昨今において最適とは言い難いでしょう。」)

また、言語の問題も気になります。日本では多くのアンケートや世論調査が日本語で行われているため、調査対象者自体から「非日本語話者」がほとんど排除されていることになります。それに、インターネット調査や質問紙調査の場合は、そもそも視覚に障害のある方がアクセスしやすいような配慮などはされていないことが多いと思います。予算が無限にあればきめ細やかな対応も可能なのでしょうが、現実的にはなかなか厳しい…

もちろん、これらの欠点を上回るメリットがあるので、さまざまな研究機関が定量調査を実施しているわけですが、ダイバーシティに関する調査であっても、「調査そのもの」が初めからマイノリティを除外しているという事実は肝に銘じておく必要があると思います。

 

―そのような「定量調査が持つジレンマ」を補うために、どのようなことに気を付けるべきでしょうか。

 

定性調査や事例研究、文献研究など他の手法と組み合わせながらデータを見ていくことが大切だと思います。

定性調査にも「調査対象者に代表性があるか」という問題がつきまといますが、例えばインタビュ―調査だと数値化できない個々人のライフストーリー、複雑な心理や感情に迫ることができますよね。また、第1回の電通マクロミルインサイトさんの回でも触れられていた、エスノグラフィも言語化されてない人の行動や振る舞いからインサイトを得られるので、おもしろい手法だなあと思います。

ただ、定量調査は誰が話しても変わらない「数値」という形で結果が提示できるので、「客観的」で、「説得力のあるデータ」として受け止められやすいというメリットがあります。マイノリティの声は、しばしばかき消され、その存在自体が可視化されていないことが多いので、数字はとても大事だなあと感じます。だから、複数の手法を組み合わせて多角的に見ていくことができたら、それが一番いいなあと思います。

わたしもまだまだ勉強中ですが、社会に対する問題提起だったり、議論のきっかけになったりすればという思いで、これからも調査に向き合っていきたいと思います。


ジェンダーをはじめとしたダイバーシティ推進においては、マジョリティ側の理解と歩み寄りが不可欠です。その橋渡しをしてくれる共通言語として、調査と数値が持つ可能性は計り知れません。

 

私は、ひとりひとりの心の中にも、様々なダイバーシティが宿っていると思います。
様々な「無視されてきた声」に耳を傾けるためには、自分がどの領域でマジョリティであり、どの領域でマイノリティであるのか、考えることが大切です。
自分と向き合い、社会と向き合うことが、全ての人に求められているのかもしれません。

 

ダイバーシティはグラデーションです。どこからがAで、どこからがBと、線引きできないことはたくさんあります。
だからこそ、様々な「調査」が示してくれる道標が、これからもますます重要になっていくのではないかと感じました。
 

 

《参考情報》

◇電通総研公式サイト
 https://institute.dentsu.com/

◇電通総研「世界価値観調査」関連記事一覧
 https://institute.dentsu.com/keywords/wvs/

◇電通総研「ジェンダーに関する意識調査」レポート
 https://institute.dentsu.com/articles/1677/


 

取材・文: 田中直也
Reporting and Statement: tanakanaoya

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