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Mar.

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25 Dec. 2019

多様な働き方のモデルケースが、アート業界に?

伊藤亜実
cococolor編集員 / ライター
伊藤亜実

見どころ満載のMASHING UPカンファレンスの中でも、ひときわ筆者の心をつかんだ、「多様性は芸術を育むのか?」と題された本セッション。日本財団が主催する「True Colors Festival-超ダイバーシティ芸術祭-」とのセッションコラボレーションで実現し、吉澤弥生さん(社会学者/共立女子大学文芸学部教授)と、森真理子さん(日本財団DIVERSITY IN THE ARTS チーフ・ディレクター)が、それぞれの視点で、「アートと労働」というテーマでトークセッションを繰り広げました。本記事では、トークセッションと、終了後のインタビューから見えてきた、新時代へのヒントをお届けします。


(会場の様子。セッション開始前。)

 

労働の問題が、芸術の質まで変えていく。

芸術に、労働?

セッションのテーマを聞いた時、はじめはあまり聞きなじみのない組み合わせだと思いました。しかし、「芸術の継続的な発展」と向きあうときに、労働の問題が無視できないことを初めて知ることになり、それと同時に、「これからの働き方」への普遍的な課題提示をも孕んでいることに気づきました。

まず、吉澤さんによる多数のスタディがまとまった「若い芸術家たちの労働1・2・3」の内容を基に行われたトークセッションでは、インタビュー調査や統計的なデータを用いながら、芸術制作の現場にある構造的な課題を提示。吉澤さんは、「①長時間労働、②低賃金、③雇用保障/社会保障の不在、④ジェンダー格差」という互いに関連する4つの構造上の課題がある、と指摘します。

また、アートファンでもある筆者が興味深く感じたのは、その課題が、持続的なアート業界の成長にも深く関与しているということ。

「アート・マネジメントの仕事をはじめとした芸術関連の仕事は、特に制作現場の職種に女性が多いのが現状。保育の現場、介護の現場などとも共通しているが、現場に女性が多く、館長、芸術監督、作家などの大きな方針を決める部分には男性が多い。

こういった構造的なジェンダーバランスに偏りがあることは、は、セクハラ、パワハラ、マタハラの温床になるだけでなく、被害を申し立てる側がリスクを背負うことになるため、問題が表面化しづらいというもの大きな問題です。また何かを選別し評価する側/される側という形でジェンダーが固定されれば、結果的に芸術作品や表現に対しても影響を与えます。」

評価者に理解されやすい作品ばかりが認められ、注目されるという状況になってしまっては、現代アートのひとつの使命である社会への提言がほぼ機能しなくなってしまう。それでは、日本におけるアートがなかなか進化しない。ジェンダー格差の問題が、芸術性そのものを脅かすことに、アートファンとして、非常に危機感を持ちます。

 


(セッション内で提示されているスライド。)

 

1億総フリーランス時代のモデルケースにもなる、キャリアの作り方

さらに、このお二人のトークが面白いのは、このトークセッションを企画された森さんご自身が、アート・マネジメント職として、さまざまな芸術の現場を経験してきたキャリアの持ち主ということ。美術館の学芸員や、劇場での派遣社員、パフォーミングアーツ系カンパニーのプロデューサー、六本木アートナイトや地域のアートプロジェクトの企画などを経て現職。長時間残業の現場、雇用に対する十分な保障がない立場など、さまざまな環境のなかで、アート・マネジメントの仕事の最先端をひた走ってきました。実は、こういったセッションの場を提供されながら、ご自身のキャリアについて語ることはほとんどなかったそう。

「人とのつながりや運によるところも、大きかったと思います。それでも、やはり好きな芸術の業界でずっと働き続けていきたいという思いもあり、さまざまなジャンルを横断しながらも興味を持ってネットワークづくりに積極的に動いたことで、次の仕事に自然と声をかけてもらう、ということを繰り返してこられました。」

そう語る森さんには、現場での過酷な労働環境を体験してきたとは思えないような、余裕さえ感じられます。その環境に身を置き続けるかどうか、常に自分の頭で考え、選んできたために、ご自身の過去や現状に対して、自信と充足感を持っているのでしょう。

自分の専門性を高め、人とのつながりを進んでつくり広げ、次の道を自ら選んでいく。そういった一連の行動は、これからの1億総フリーランス時代には、あらゆる人に必要とされるキャリアの作り方ではないでしょうか。筆者自身も、非常に刺激を受けるお話しでした。


(現法制度で規定されている「雇用者」と「自営」の間で落ちてしまう「フリーランス」)

 

非物質的労働への値付けスキルが、格差解消のカギに

 芸術にまつわる労働の、もう一つ難しい点は、「形ないものをつくる仕事=“非物質的労働”への対価を確保することが難しいこと」だと吉澤さんは指摘します。なるほど、たしかに実用品製造業や、生活必需サービス業と比べると、アートは、成果物に価格を付けづらく、また、喫緊の必要性がないのでニーズから価値を計算するのも難しいものです。特に現代アートは定型がなく、どこまでをアートの完成形として値付けするのか、といったことも分かりづらさの原因となります。

さらに、こういった形ないものへの値付けをすることへの得手不得手が、芸術業界で働く人のジェンダー格差を生む一つの原因にもなっている、というのも、筆者にとっては衝撃的な指摘でした。たしかに、セッションの中でも言及されていた、芸術監督などの立場ある役職は、男性が多く、形ないものの価値をきちんと内外に伝えるスキルを武器に、地位を獲得しているようであり、そのスキルが備わっている女性の割合が相対的に低いような。その仮説は当たっているのでしょうか。そして要因は?吉澤さんにご意見をいただきました。

「ジェンダートラックという言葉がありますが、家庭と学校での無意識でのジェンダーによる切り分けは、やはりとても大きいのではないでしょうか。おもちゃ一つとっても、男の子には空間認知能力が育まれる電車の模型などが与えられ、片や、女の子はお人形です。論理的思考を身に着ける近道はやはり前者のような環境でしょう。大学の学部選びでも、理工系と社会科学系のジェンダー割合が自然と偏る。そうして職業にも自然と偏りが生まれる、というスパイラルになっています。「女性の自助努力」だけでは、日本におけるジェンダー格差は100年解決しないといいます。まずは、女性幹部率を規定するなど、適切なアファーマティブアクションが求められるのは、このためなんです。」

女性のエンパワメントを目指すMASHING UPカンファレンスならではの、本質的な気づきを得られた瞬間でした。


(セッションを聴講する参加者たち)

 

「True Colors Festival-超ダイバーシティ芸術祭-」の見どころをご紹介

最後に、森さん、吉澤さんそれぞれの視点から、日本財団「True Colors Festival-超ダイバーシティ芸術祭-」の見どころを伺いました。

森さん「“超”ダイバーシティというメッセージの通り、『ダイバーシティを推進しなければいけない』という義務感からではなく、また、決まったイメージや固定概念を一方的に押し付けるのでもなく、それぞれが、多様な状態を楽しめる世界を目指しています。フェスティバル全体として、あえてひとつの体験で統一しすぎず、年間を通じて各所に楽しんでほしいポイントが散らばっているのもポイントです。JAZZ、MUSICAL・・・と様々な芸術ジャンル、演目があるので、それぞれの好きな角度・視点で楽しんでください。また、ダイバーシティメッセージ募集など、参加型のプロジェクトも用意していますのでご自身の興味にあわせて参加してもらいたいです。ダイバーシティは難しいとか、自分と違う人と少し距離があると思っている人たちの“マイナスイメージや偏見を減らす”ことができればと思っています。」

吉澤さん「公演を見て、True Colors Festival-超ダイバーシティ芸術祭-は、これまでアクセスできなかった人たちが出会う『場』だと感じました。あえて進んでアクセスしようとしていなかったり、隠されたりしてしまっていた障害のある人たちも、場があることで出てきてもらえるということが分かりました。障害のある子どもを持つと、そのお母さんが一人で支え孤立してしまうという問題があります。こういった場づくりの必要性を改めて感じました。」

 

最後に

2019年、男子中学生の職業人気ランキング1位は「YouTuber」らしいですね。※

好きなことで生きていきたい、という気持ちは、自己実現欲求が生まれる遥か太古の時代からの不変的な欲求でしょう。あらゆる人が、生き方と直結する働き方を模索する時代だからこそ、正面からこの気持ちをとらえた同社の広告が、心を射止めているのでしょう。

そして、AIに代替可能な仕事がどんどん消失する時代、人間が提供する労働は、ますます形のないものになっていくことも予想されます。そんな激変の時代に、価値を金銭的に評価して対価を得ることについて考える、巡り巡ると、「仕事って、何だろう」と自問自答する、とても貴重なセッションでした。
MASHING UPカンファレンスは、そのほかにも女性のエンパワメントを目指すセッションや、快適に過ごしながら学びを深める工夫がたくさん。とても素晴らしい空間でした。

 

True Colors Festival-超ダイバーシティ芸術祭-

https://truecolors2020.jp/

 

MASHING UP

https://conference.mashingup.jp/

 

※ソニー生命保険「中高生が思い描く将来についての意識調査2019」2019年6月25日~7月2日、N=1000

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000177.000003638.html

取材・文: 伊藤亜実
Reporting and Statement: atimo

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