みんスポ・ソーシャルドリンクスVol.7–ダイバーシティから考えるスポーツ
- 共同執筆
- ココカラー編集部
ゲストスピーカーによる「おもしろそう」な実践事例ヒントに、ゆるく飲みながら、みんなのスポーツ(みんスポ)を広げるためのアイデアを語りあう「みんスポ・ソーシャルドリンクス」。第7回目の会合は「ダイバーシティから考えるスポーツ」をテーマに、日本ブラインドサッカー協会井口健司さん、株式会社ウェルネス・システム研究所代表取締役村松邦子さん、渋谷区長長谷部健さんをゲストに2015年8月5日に開催されました。
一人目のスピーカーは、日本ブラインドサッカー協会ダイバーシティ事業部長/国際審判員の井口健司さん。「視覚障害者と健常者があたりまえに混ざり合う社会」。このビジョンを実現するために日本ブラインドサッカー協会が展開しているプログラムの一つが「スポ育」です。小・中学生を対象にブラインドサッカーの体験授業を提供するこの事業は、2010年秋からスタート。今では年間300件以上の学校で実施され、これまでに延べ5万人の子どもたちが体験してきました。
人間は、80%の情報を視覚から得ていると言われています。視覚からの情報が遮断された状況に置かれると、相手がどこに、どのような状況でいるのかひとつを知るうえでも、多くのコミュニケーションが必要とされます。また、相手に視覚障害があることを忘れて、うっかり手を振って合図を送ってしまうなど、無意識に行っている「伝達習慣」に気づかされることも。このように「スポ育」はブラインドサッカー体験を通じて、子どもたちが、見えない人がいる状況の中で意思疎通するコミュニケーション力や、自分とは違う状況に置かれた人のことを想像する力など、さまざまな力を育む機会を提供しているのです。
子どもたちや先生からは「見えないと大変だけれど、視覚障害者にしかできないことがあったり、不自由なことばかりではないことがわかった」「(障害者に対するイメージが)”たいへん、助けてあげなければ”、から、”すごい!かっこいい!”に変わった」といった感想が寄せられているとのこと。授業の後、視覚障害のある講師のもとに、感謝を伝える音声メッセージが届けられることもあるそうです。
「障害」に着目し、人権や福祉といった重く苦しい課題として教えようとするのではなく、「スポーツ」からアプローチすることで、誰もが気軽に、笑顔で関わりあうきっかけをつくっていく。日本ブラインドサッカー協会は、この「スマイリング・アプローチ」という考え方を大切にしています。人々に、これまで知らなかった世界に触れるきっかけを与え、新たな挑戦に「一歩踏み出す勇気」をも与える授業「スポ育」。今後は全国にも展開される予定です。
<心のバリア・バイアスを取り除く想像力を、スポーツで鍛える>
二人目のゲストは、株式会社ウェルネス・システム研究所代表取締役村松邦子さんです。村松さんはグローバルに事業を展開する外資系企業に長年勤務し、多様な国籍や文化的背景を持つ人たちが混在する環境に身を置いて働いてきた経験から、2010年にダイバーシティ推進のコンサルティング事業などを手がけるウェルネス・システム研究所を立ち上げました。
ダイバーシティ社会の実現のためには、目に見える表面的なことだけではなく、見えない深いところに存在する、人々の多様な側面を受け入れ、活かしあうことが大切です。そのためには他者や知らないことに対する想像力を持つことが必要ですが、その想像力を身につける上で大きなポテンシャルを持つと村松さんが注目しているのがスポーツ。「スポーツには多様性受容力を高め、ダイバーシティ社会を推進する力がある」と村松さんは語ります。
例えば、スポーツ選手がシューズの紐を、LGBTを意味する「レインボーカラー」に変えて着装することによって、LGBTの理解推進を高めるメッセージを発信することもその一つ。他にも「スポーツ×防災」「スポーツ×コミュニティ」というように、スポーツというコンテンツと個別テーマを掛け合わせることで、さまざまな社会的メッセージを発信していくことが考えられるでしょう。
2014年1月からJリーグの社外理事に就任した村松さんは、多様な社会課題の解決に向けいろいろな人たちがつながる「ハブ」として、Jリーグのポテンシャルを感じています。「いろいろな意見や個性を持った人たちがスポーツ体験を通じてつながりあうことで、心の中のバリア・バイアスを互いに取り除いていくことができるはず」。村松さんは、Jリーグの掲げる理念や百年構想に、ダイバーシティ推進に向けた個人的な想いと重なるものを強く感じているそうです。メジャースポーツと社会課題の掛け合わせをきっかけとした社会変革の可能性は、今後、ビジョンを共有する仲間がつながることで、さらに広がっていきそうな予感がします。
<ダイバーシティは、渋谷の文化発信力を高めるキーワード>
3人目のゲストは、渋谷区長の長谷部健さんです。同性カップルを「結婚に相当する関係」と認める証明書を発行する条例で注目を集めた渋谷区。長谷部さんがLGBTに関心を持ったのは二十歳の頃、ニューヨークの美術館で警備員の男性にナンパされた経験がきっかけでした。帰国後、意識を向けてみると、実は自分の周囲にもたくさんのLGBTの人たちがいることに気づいたのです。
大手広告代理店勤務後、グリーンバードというNPOを立ち上げて活動するうちに、長谷部さんは性的マイノリティの認知向上に取り組む杉山文野さんと出会い、LGBTの人たちの心の悩みを知るようになります。「こんな優秀な人たちが、何故こんなに悩みながら暮らしていかなければならないのだろう」。渋谷区議に就任したのち、こういった課題を解決するために地方政治からできることはないかと考え始めた長谷部さんは、渋谷自身の結婚を機に、「パートナーとして公式に認定されることはLGBTの人たちにとっても嬉しく、社会的にも意義があること」だと気付き、この条例の制定に向けた活動に着手したのです。
渋谷区で生まれ育った長谷部さんは、渋谷に対する特別な想いを持っています。原宿・表参道を抱え、かねてからファッションや若者文化の発信地として知られてきた渋谷。かつては東京=渋谷というイメージを持つ人も多くいました。けれども最近は、雑誌の東京特集のほとんどが下町。インターネットも普及し、どこからでも情報もモノも手に入る現代では「渋谷」というまちの魅力や発信力が相対的に弱まっているのです。311以降、外資系の企業の多くが東京からアジアの他都市へと事務所を移したこともあり、東京自体の活気も衰えていると言われています。
その一方で、米Adobe Systems社が 2012年に行った調査では、世界の多くの人たちが日本を「最もクリエイティブな国」、東京を「世界で最もクリエイティブな都市」と考えているという結果が報告されました。「僕らがもっと自信を持てば、日本も、東京も変えていけるはず」。その鍵を握るのが文化発信だと、長谷部さんは考えています。LGBTを含むいろいろな人たちが暮らしやすい社会・文化をクリエイティブにつくっていく。2020年の東京パラリンピックは、そんなビジョンを共有し、互いの理解を深め合う大きなチャンスと考えられるのです。
<一歩踏み出す勇気を育む>
ゲストによるトークを受けた全体セッションでは「ダイバーシティを受け入れることで自分自身の人生が豊かになる。そのことを多くの人が体験する場をつくることが大切」「企業や行政の取り組みを評価する際、ダメ出しにばかり気を取られず、良いところを積極的に見つけて褒めあうことが、挑戦が生まれやすい社会づくりにつながる」といった多くの意見が交わされました。
参加者からは「教育分野に関わってきましたが、ダイバーシティ(多様性)やインクルージョン(包摂性)を大切にすることと教育の関連性は大きいと感じています」(日本電気:梅村さん)「ブラインドサッカーを霞ヶ関にも広げていきたいです」(環境省 木邑さん)「会社の持つ技術を活かして、ダイバーシティ社会の実現に貢献することがもっとできるはず。ブレストを重ねて、いろいろな企画を生み出していきたいです」(ダウ・ケミカル小池さん)などのコメントがありました。
出会いに触発されて、多くのアイデアが育まれる場となっている「みんスポソーシャルドリンクス」。今回の会合からはどんな企画が生まれていくでしょうか。
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