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Mar.

2024

interview
28 Aug. 2019

令和を生きる若者たちへ~奈良女子大学トランスジェンダー受け入れに込めた思い~

國富友希愛
コミュニケーション・プランナー
國富友希愛

“平成は女性の社会進出の時代でした。令和はダイバーシティの時代です。”

答えてくださったのは、奈良女子大学の今岡春樹学長。

男女雇用機会均等法の改正、男女共同参画社会基本法の成立以降、奈良女子大学の卒業生たちは、国内外の大手企業や社会でご活躍されています。令和の時代には、どんな卒業生がこの大学から輩出され、彼女たちはどのような未来をつくっていくのでしょうか。

奈良女子大学のトランスジェンダーの受け入れ決定には、令和の時代を生きる若者たちへの学長の熱い思いが込められています。

 

 

■2020年度からトランスジェンダーの学生を受け入れる。

きっかけは朝日新聞(2017年)の、日本女子大学がトランスジェンダーの受け入れを検討するという内容の「体は男性、心は女性」という記事でした。日本女子大学は尊敬する大学のひとつです。日本には77の女子大があって、そのうち理学部をもっているは奈良女子大学を含めてたった3校。イノベーションを軸とした経済活動が今後ますます必要になる中、理工系の学問を学べる女性の居場所を見直すという視点で、各校の契機になりました。

本校では、学内のワーキンググループを立ち上げて、トランスジェンダー学生の受け入れに関する議論や論点整理を始めました。アメリカでは既に「セブンシスターズ」と呼ばれる歴史的に重要な女子大学が2014年から同様の課題に取り組んでいる状況でした。ワーキンググループで議論を行うことで、論点整理にとどまらない具体的な検討をすることができ、2018年の6月には、受け入れを前提として、課題やハードルが何であるかを一般論でなく具体論で議論しています。2018年の7月にトランスジェンダーの受け入れを発表したお茶の水女子大学とは、この件に限らず、羽入前学長や室伏学長と相互に情報交換しています。

 

■直面する課題。

2019年の6月に受け入れを発表することができましたが、入試のタイミングの関係で、2020年度は、推薦入試と通常の前期後期入試でのみの実施となりました。AO入試や外国人留学生入試は今期で対応が間に合わなかったので、翌年以降の入試で推進できるように準備中です。編入については、2022年度以降で検討しています。100%網羅した状態では始められませんでしたが、“できるところからやる”まずは“スタートする”ことにプライオリティを置いています。

また、在学生・保護者・教職員、それぞれの意見を反映させていく努力をしています。基本的には各ステークホルダーから、この取り組みに対して好意的な意見をいただいています。それは、どんな人にとっても、令和のダイバーシティの時代を生きていく中で、その価値観や経験を得られる環境がまさに今求められているという背景があるからだと思います。

一方で、時代の潮流にのるときに、実際に起こりうる問題をどう考えるかが課題としてあがっています。たとえば、なりすまし入学や、寮・トイレなどの設備等。ここでは公開できませんが、本学ではこれらに関するリスクヘッジやケアのマニュアルを作成し、学生・当事者の方との相談を重ねながら対応していくことにしています。ちなみに、部活動のスポーツの試合にトランスジェンダーの方が代表として出場できるかどうかは各競技によって異なります。実際に入学される学生の方々との意思疎通できる相談システムを用意し、勉学に限らず、彼女たちの学生生活をより充実し、トラブルや不安のないものにできるようなサポートを、大学として用意していきたいと考えています。

 

■カミングアウト・アウティングへの配慮。

もっとも配慮しなければならないと考えているのが、カミングアウトとアウティングの問題です。指導している先生たちとの連携をとりながら、外部の有識者を交えた事前相談や想定を綿密に行っていきます。LGBTやSOGI(※1)に限らず、障碍の有無などデリケートな違いにおいて、その違いを配慮しすぎても、しなさすぎてもいけないのではと個人的に思うので、思いやりやバランス感覚の育成と、人間としてのイークオリティな相互理解ができる仕掛けが大切だと感じています。

 

 

■時刻(t)。それから“ファジィ”。

問い合わせの中に、「在学中、FtoMとして性や戸籍を変えた場合、退学させられますか?」というものがありました。これに対する答えはNOです。入学時点で、女性として入学した場合、退学にはなりませんが、在学中にそのように性別を変えられた場合、大学院を受験することができません。さておき、私自身は理系なので、SOGIをグラフにして捉えていて、そこに“時刻(t)”が関数に入ることをイメージしています。「パートナーの選択」と、「ジェンダーアイデンティティ」この二次元の座標に、「いま」の状態のリアル、つまり、時刻(t)が加わることで、考え方によっては、LGBTやSOGIの話は三次元の“宇宙空間”ともとらえられます。SOGI(t)だとすれば、性の選択は、流動的で広いものです。また、私は“ファジィ”(※2)を専門に研究していたのですが、ファジィ論理では「0」と「1」ではなく、その間の曖昧さを追求していきます。0か1で表すものを、0.70.3として捉えなおすという感覚は、「性」にもあてはまるのではないでしょうか。

■これからの未来を担う若い人や、入学希望者へ期待すること。

2つあります。一つ目は、「多様性を知ってください。」

数十年前に、カラーユニバーサルデザインに出会いました。その頃は、男性で色彩感覚が弱い人は、“理系の学問や仕事はできないよ”なんて言われるような時代でした。3色の世界で2色しか見えないということは、どういうことなのか?を理解できる人が少なかったのです。具体的には、緑の背景に赤の文字が書いてあるとその文字が沈んで読むことができないということを知らない人が多かった、ということです。その後、カラーユニバーサルデザインを生み出した人たちによって、いまは、2色しか見えない世界がどう見えているかを体験できるゴーグルが作られたり、色外にも、すべての人に見やすい文字、ピクトがつくられるようになりました。今や科学の世界で学術発表会をする際に、補色を重ねたら退場です。グラフも、線だけでなく破線などを上手く組み合わせたりして、色に依存しない見せ方が当たり前になりました。人間の目の仕組みを調べていくと、4色見えているという人がいるという説もあるそうです。まさに多様性ですよね。そういった多様性を知り、理解し、サポートする社会の姿は、長い生物の歴史の中では、不思議でもなんでもない、当たり前のことだと私は考えています。本学の名誉教授に、ゾウリムシの研究をしている高木先生という方がいます。先生曰く、ゾウリムシには個体に、性があったりなかったりするそうです。つまり、食料や環境によって、性が変わったりなくなったりするということです。地球には、3種類の性をデフォルトで持つ生き物もいますし、性がない生き物もいます。そもそもなぜ「性」が存在するのかかっていないことが多く、学ぶと面白いかもしれません。トランスジェンダーの受け入れについて、虫の目で見ると、先ほど申し上げたような具体的な問題が発生することが考えられます。もちろんその視点も大切ですが、俯瞰し、鳥の目で見ると、「性差」というのは、大した違いや問題ではないのではないか、とも感じるのです。生物にとって、多様であるということは、=変化していくということです。ダイバーシティとは、変化の裏返しです。私たち生き物は、それぞれが、細胞や人生やいろいろな点において、必ず変わっていきます。

 

二つ目は、「主体性を持ってください。」

IBMの浅川智恵子さんという、国際的なエンジニアの方がいます。彼女は中学生のときに、視力を失ったそうです。ホームページを音声化する技術を開発するなど、アクセスビリティの分野でも大活躍されています。そんな彼女から、最も自分に有意義であったことは、アメリカの「公平な競争」のフィールドに受け入れられたことだと伺いました。日本では、「大丈夫?大丈夫?」と言うだけで、主体性を尊重したインクルーシブな視点が欠けているという気がします。トランスジェンダーのとある女性は、女子高生たちに、「トランスジェンダーとどうやって付き合えばいいですか?」と質問されるそうです。彼女の答えは、「マナーをもって。」です。人が主体的に洗練されたマナーをもっている日本は、もっと素敵な国になれるかもしれません。真摯に人を知り、面白さやすばらしさを見出し、その出会いを大切にすれば、一生の友達になれます。これからの若い人には、海外経験をしたり、友人や先生と大学で議論をしたり、主体的な活動を通して、自分を相対化して向き合う視点を持ち、目を輝かせながら、未来を語ってほしいと思っています。すぐにインターネットで何でも調べることができ、持つ知識を競う時代が終わった今、知識に価値がなくなっている今、貴女方に必要なもの、それは「主体性」なのだと思っています。

 

■今岡春樹学長プロフィール

1952年島根県生まれ。東京工業大学 工学博士。

19813月に同大学院総合理工学研究科システム科学専攻修士課程修了後、同年4月より通産省工業技術院繊維高分子材料研究所にて3次元アパレルCADの研究。19904月奈良女子大学家政学部助教授に就任。2001年より生活環境学部の教授を務める。20134月より奈良女子大学学長に就任。

研究分野は、家政学一般・知能情報学。日本家政学会、日本知能情報ファジィ学会、日本繊維製品消費科学会所属。

 

今岡学長、広報担当佐藤様、早川様、大変貴重なお時間くださりありがとうございました。

 

 

関連リンク:

「体は男性、心は女性」https://www.asahi.com/articles/ASK355DBXK35USPT00C.html

「浅川智恵子氏がIBMフェローに」 – 日本人5人目 | マイナビニュース https://news.mynavi.jp/article/20090605-a013/

 

※1 SOGI

Sexual Orientation and Gender Identityの頭文字のことで、性的指向/性自認のことをいう。LGBTがレズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーという「誰」を指すのに対して、SOGIは「どんな性別を好きになるのか」、「自分自身をどういう性だと認識しているのか」という「状態」を指すので、私たち全員が含まれる。

参考出典:IDEAS FOR GOOD (https://ideasforgood.jp/glossary/sogi/)

※2 ファジィ論理:

多値論理の一種で、真理値が0から1までの範囲の値をとり、古典論理のように「真」と「偽」という2つの値に限定されないことが特徴である。

参考出典:Novák, V., Perfilieva, I. and Močkoř, J. (1999) Mathematical principles of fuzzy logic Dodrecht: Kluwer Academic. ISBN 0-7923-8595-0

取材・文: 岡部友介
Reporting and Statement: yusukeokabe

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