社会にとっていいことならやればいいやん!の突破力~World Cancer Week2022【CancerX自治体】レポート~
- DEIディレクター
- 濱崎伸洋
一般社団法人CancerX主催のWorld Cancer Week 2022(以下WCW2022)の公式メディアパートナーとしてcococolorが発信する連続レポート。 8件目の記事となる今回は“【CancerX自治体】コミュニティの力で医療の壁を超える!-奈良県とコミュニティナースの取り組み―”というセッションをご紹介します。
医療はもはや、病院の中では完結しない
皆さんは「コミュニティナース」という言葉をご存じでしょうか?ナースはナースだけど、「病院」ではなく「コミュニティ」で活動するナース、それが「コミュニティナース」です。地域格差や高齢化といった日本の医療が抱える構造的な問題に、真っ正面から向き合う存在として、いま各方面から注目されています。
セッションの登壇者は5名。
・Community Nurse Company代表取締役の矢田明子さんは、コミュニティナースのパイオニアとして、島根県の出雲を拠点に、コミュニティナースの普及や育成、事業モデルの開発に取り組んでいます。
・奈良県庁の松井直也さんと丸岡嘉人さんは、そんな矢田さんと組んで、奥大和地方でコミュニティナース活動を広めています。
・横山医院 在宅・緩和クリニック院長の横山太郎さんは、神奈川県横浜市でクリニックを経営する傍ら、地域の医療関係者や学生が「スマホを使いたい」高齢者を支援する「スマホセンター」代表を務めるなど、地域医療の課題解決に取り組んでいます。
・モデレーターの加藤容崇さんは、慶應義塾大学医学部腫瘍センターでがんの遺伝子検査に取り組む傍ら、北海道帯広市の北斗病院でも診療活動をするなど、まさに地方の医療格差に直面する日々を送っています。
いずれもユニークな取り組みをされている5名ですが、皆さんに共通するのは、医療は「病院の中」だけでは完結しない、という問題意識。 セッションは、矢田さんと奈良県が推進するコミュニティナース活動のご紹介やぶっちゃけ話を軸に、「病院の外」の活動が地域医療に果たす役割と課題について明らかにしていきます。
アラバマ州~横浜市~奥大和をつなぐもの
生活が治療に及ぼす影響は増大する一方(©CancerX)
奈良県の取り組みにかんするお話の前に、横山さんが興味深い事例を紹介してくれました。米国アラバマ大学の、患者の行動変容に関する研究です。アラバマではがんの診療に、あらかじめ研修を受けた市民が患者さんの診療に伴走する仕組みを導入したところ、患者さんの生活の質が上がり、緊急入院の減少や医療費の抑制につながった、というレポートが発表されたとのこと。
日本でも同じような取り組みを始めたい、そう思った横山さんが横浜市と組んで始めたのが「スマホセンター」です。この取り組みは単に高齢者のアクセシビリティを高めるだけでなく、スマホの使い方を「教える/教えられる」関係を通じて医療的な孤立を防ぐ、まさに「伴走者」を作る仕組みというわけです。
そんな「スマホセンター」も立ち上げ当初はうまくいかなかった、地域の人たちとなかなか距離を縮められなかった、そんな時に相談した相手がコミュニティナースでした。だったら一緒にやりましょうということで、今では2人のコミュニティナースが参加されています。 横山さんも奈良県主催のコミュニティナース講座を受講し、それがきっかけで県庁の方々とお知り合いになったとのことです。
コミュニティナースが始まったきっかけ
コミュニティナースの活動エリア(CommunityNurseCompanyのHPより)
矢田さんがコミュニティナース活動を始めたきっかけは、膵臓がんで他界されたお父様の存在でした。病院ではなくその人の住んでいるところにいて、日頃から「今日元気なさそうだけど大丈夫?」みたいに声をかけてくれたり、必要な情報を届けてくれたり、そんな医療従事者がお父様の近くにいたら、もっと早くいろんなことに気づけたんじゃないか・・・そういう想いから始まったそうです。
看護学生時代はボランティアで活動し、大学卒業後に職業にし、まずは地元で孤軍奮闘していたところを、5年前に奈良県の奥大和移住交流推進室の方々が視察にいらっしゃり、「こんな素晴らしい取り組み、なんで自治体が応援せんねん!」ということで、本格的に事業化することになりました。
課題先進県だからこそ、やれることはなんでもやってやる
奈良県のコミュニティナース第1号の荏原さん(©CancerX)
現在は8名のコミュニティナースが奈良県で活動中(©CancerX)
奈良県がなぜコミュニティナースを事業化したのか。セッションではその背景を、奈良県庁奥大和移住・交流推進室の丸岡さんと松井さんがお話してくださります。
奥大和は奈良県の南部・東部エリアの総称ですが、法隆寺や東大寺といった観光名所は北部に集中し、人口も北部に集中、奥大和は山間過疎で高齢化が進む一方という、いわば「課題先進県」でした。住民の交流機会も減り、医療機関が近くにないため健康管理も十分にできないという課題はあるものの、自然災害が多い土地柄、日頃からお互い助け合い、つながり合う文化もあった。その意味で、コミュニティナースとの親和性は十分あるようでした。
丸岡さんの前任の福野さんという方が矢田さんの理念に「涙するほど」感動し、「これは地域に必要や」ということで県のプロジェクトになりました。
1年後にはコミュニティナースを職員として採用し、山添村に派遣する形でスタート。さらにその1年後に自治体で初めて養成講座を開設し、その後も基礎講座、ステップアップ講座と拡大。現在8名のコミュニティナースが活動中です。
2022年度の看護師の教科書にも奥大和のコミュニティナース活動が取り上げられるそうで、今後は奥大和を「学びの聖地」化し、もっともっと広めていくことを目指しています。
うまくいくコツは、「型にはめない」ということ
セッションの終盤に、加藤さんより「なぜ奥大和ではコミュニティナース活動がうまくいっているのか?」という問いかけがありました。
それに対して、矢田さんからは「自治体職員が一貫して〈利他の精神〉で動いている」「他の自治体だと、できない理由を見つけて慎重になってしまうところを、奈良県だと、住民にいいことだったら理屈は後から整理すればいいやん、となる」というお話がありました。
また奈良県のお2人からは3つのビジョン「①コミュニティナースの志や情熱」「②地域から求められる役割」「③サステナブルな活動のための収入やチーム作り」を一体で推進することが重要、というお話がありました。
とくに忘れてはいけないことは、①も②も十人十色、千差万別であるから、一つとして同じコミュニティナース活動はない、「型にはめない」ことがうまくいくポイントということでした。
しかし「型にはめない」ことと「行政の事業として進める」ことは、果たして両立するのか・・・その点に関しては、矢田さんも試行錯誤の途上だそうですが、ただそれをうまくやるためには、事業者も行政も生活者も「ワンチーム」でタッグを組むこと、同じ未来を見続けること、とおっしゃっていました。
このセッションから学ぶこと
1時間があっという間に感じたセッションでしたが、特に印象に残ったのは、加藤さんや横山さんといった医療の最前線にいる方々が、自分たちは「医療のプロではあるけれど、生活のプロではない」と言い切ったことでした。医療の現場はますます「生活」に近づき、コミュニティナースのような「医療のプロであり、生活のプロでもある」存在が、ますます求められていく気がしました。
そして「プロ」である以上、確かな収入基盤が必要になるわけですが、そこでジレンマになるのが、生活というものが千差万別である以上、コミュニティナースの活動も千差万別で、そのようなあり方が行政の事業としてなじみにくいということです。
そこを突破するのは、奈良県庁の方の「社会にとっていいことならやればいいやん」という言葉。あまりに無邪気すぎて意表を突かれましたが、つくづく真理を言い当てているとおもいます。
社会にとっていいことなら、住民の支持も広がるし、活動する本人のモチベーションも維持できる。仲間も増えて、行政の予算も付いてくる。収入基盤も確立して、サステナブルな事業になっていく。医療に限らずソーシャルな活動を進めていく上での原点を教えてくれました。
矢田さんの「自分たちは住民に守られているという気がする」という言葉は、そのことを雄弁に物語っているのではないでしょうか。
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