「ゆる」が社会をゆらしていく
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- SCP塾TEAM
「苦手だな、全然楽しくないな」。そう思ってしまうのは、私が悪いのだろうか。社会環境やルールに、絶対、なんてものはない。知らず知らずのうちに「〇〇すべき」という考えにとらわれてはいないだろうか。方法を変えることで、楽しく、面白くなることはたくさんある。
今回お話を伺ったのは、運動の得意・不得意、年齢、身体の自由・不自由に関わらず、誰でも楽しめるスポーツを提案する「世界ゆるスポーツ協会」代表の澤田智洋さん。激しく動かすと泣き出すボールを使う「ベビーバスケ」、カラフルなイモムシに変身して、這ったり転がったりして進む「イモムシラグビー」・・・。生み出される種目はユーモアたっぷりだ。
ベキベキの頭
ゆるスポーツが生まれたきっかけは、澤田さんの経験によるものだ。運動が苦手だった子ども時代、ご自身のお子さんの障害があったことで社会環境と向き合うこととなったことを機に、大嫌いだったスポーツを楽しいものにできないか、と考え始めた。スポーツは本来、日常から逃れて没頭する楽しいものであったはずなのに、ルールの中でできる・できないといった評価によって、運動が苦手な人にとって辛いものになってしまっている。そこで、スポーツにおける「勝ち」のポイントをずらすことによって、みんなが楽しく参加できる場へと変えてきた。あらゆる場面で、同じようなことが言える。「子どものお弁当はきちんと手作りすべき」「冷凍食品を使うべきではない」「母とは・・父とは・・」。根源にあるのは「〇〇はこうあるべき」という考えに囚われている状態。澤田さんはこれを「ベキベキの頭」という。
教育の本質とは、継承と生存確率を上げること
日本は「ベキベキの頭」「ガチガチの常識」であふれている。だから、生きづらいと感じる人もたくさんいる。スポーツから始まった「ゆる」の波は、音楽、アートへと領域を広げている。もう少し広く、これからの教育という観点で考えてみよう。澤田さんは、教育の本質とは「継承」と「生存確率を上げること」である、と整理した。ゆるめるときには、その本質とは何か、をまず考える。大切なのは知識や技術を正しく引き継ぐことではない。文脈を理解し、自分の頭で考え、解釈し続けること。そしてそれを評価する先生の存在も必要だ。
国の社会福祉制度がままならない時代は、皆と同じ方向に進める人を育てることが重要だった。しかし今はそういった考え方の人の方が生存確率は下がっているという。今は新たな領域を切り開いていくことが求められる時代である。幅広く・柔らかく考えられる方が、強い。
ユニ育
これからの社会をつくる教育。これをゆるめるには、どうするべきか。2つの方法―ユニ育化を提案してくれた。「ユニ育」とは「ユニーク」と「教育」を掛け合わせた澤田さんオリジナルの造語だ。1つ目の方法は「ユニ育」という、生徒が主体的に新しいスポーツをつくる教科をつくること。体育で身体の機能強化を目的とするように、個人のユニークネスを見つけ、伸ばす時間をつくる。違いをポジティブに捉えられるようになりそうだ。2つ目の方法は教育自体を「ユニ育」にすること。体育だけはなく、子どもたちが新しい国語や算数を創発していく。教育委員会がユニ育委員会に、といった具合だ。学校という教育現場において、もっと多様性を肯定するようになると、現在の特別支援学校のような教育環境も変わっていくのだろうか。澤田さんは、人口が減っていくなかで、特別支援学校というくくりはなくなっていき、学び場の統合は進むだろう、と予想する。ただ、いきなり変えたり混ぜたりするのではなく、お互いの橋渡しのような存在が必要。ユニ育はその役割を担うことができるのではないだろうか、との考えだ。
長くじんわりとあったかいものの方が、世界をあっためていく
世界は急に変わらない。スポーツをゆるめるにしても、既存のスポーツ競技を否定したり競ったりしない。別のフィールドにおいて笑いというフィルターを重ねていくことで、こういうのもアリだよね!という提案をしている。澤田さんはこれを「TOPとPOPの関係性」と表現する。高みを目指す縦へ伸びていくTOPの動きに対して、横へ広がりすそ野を広げるPOPの動き。1番を決める楽しさもある、しかし別の楽しさもあっていい。少しずつ血を入れていくことで、着実に変えていく。これには長い時間がかかる。50年くらいかかるかもしれない、それくらいのスパンで考えている、と澤田さんは言う。「電子レンジで急速に温めたものより、炭で長くじんわりと温めたものの方が、世界を長い期間あっためていく」。バズらせたりしない。ゆっくりとゆるめることで、いつの間にか社会を変えていく。あまり楽しくないことに遭遇したら、環境やルールをずらしてみよう。社会を少し変えることができるかもしれない。
澤田 智洋(さわだ ともひろ)氏
世界ゆるスポーツ協会代表理事。コピーライター。2015年に「世界ゆるスポーツ協会」を設立し、誰でも楽しめるユニークな競技を生み出してきた。 2019年には音楽領域をゆるめる活動『世界ゆるミュージック協会』も設立。福祉のビジネスプロデュースを数多く手掛ける。2020年10月に書籍『ガチガチの世界をゆるめる』(※リンク先に移動します)を刊行。
〈参考リンク〉
・世界ゆるスポーツ協会ウェブサイト http://yurusports.com/
・世界ゆるミュージック協会ウェブサイト https://yurumusic.com/
聞き手:川辺 洋平・岩瀬 望
執筆:岩瀬 望
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