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Apr.

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15 Oct. 2019

チームで歩き続ける「Ototake Project」―超福祉展2019―

八木まどか
メディアプランナー
八木まどか

9月3日(火)~9月9日(月)に渋谷ヒカリエで「超福祉展」が開催されました。超福祉展とは「渋谷のふだんを攻略せよ!『ふだんクエスト@渋谷ヒカリエ』in超福祉展」で取り上げられているように、障害者をはじめとするマイノリティや福祉そのものに対する「心のバリア」を取り除こうと、2014年から毎年、渋谷ヒカリエを中心に開催されている展示会です。

この記事では、3日のオープニングコンテンツの1つであるシンポジウム「JST CREST / xDiversity Symposium Ototake Projectが目指すもの」の様子をレポートします。

xDiversityプロジェクトとは、「AI技術の個人最適化技術と空間視聴触覚技術の統合を通して、人機一体による身体適応力的困難の克服を目指す研究」であるとともにそれを多くの人と一緒に考えるムーブメントづくりです。

その一環である「Ototake Project」とは、昨年秋から作家・乙武洋匡さんが義足や義手を使って「歩く」ことに挑戦するプロジェクトです。

プロジェクトメンバー(前列左から菅野さん、本多さん、落合さん、乙武さん、後列左から内田さん、沖野さん、遠藤さん)

 

シンポジウムの前半では「Ototake Project」のメンバーが登壇。エンジニアとしてチームの中心役である遠藤謙さん(ソニー・コンピュータサイエンス研究所・研究員)、理学療法士の内田直生さん(株式会社Corner Work)、義肢装具士の沖野篤郎さん(オスポ:オキノスポーツ義肢装具・代表)、そして乙武さんが、それぞれの視点でプロジェクトについて語りました。

後半は「ダイバーシティ」を議論する時間として、乙武さん、遠藤さんに加えxDiversityのメンバーである落合陽一さん(筑波大学准教授)、本多達也さん(富士通株式会社Ontena プロジェクトリーダー)菅野裕介さん(大阪大学准教授)、が登壇しました。

 

私は義肢装具の普及に力を注ぐ沖野さんのご紹介でシンポジウムに伺いました。義肢装具を使って歩くとは、ダイバーシティ時代の技術とは、チームとは…様々なことを考えさせられました。

 

歩くって…「ムリゲー!」

プロジェクトが始まったのは2018年。40年以上L字の体勢で日常のほとんどを過ごしてきた乙武さんにとって、義足をつけて「歩く」ことは、乙武さん・遠藤さんが想像した以上に難しいことでした。今まで全く経験したことのない身体の使い方をするためです。義足を付け始めた頃の乙武さんの感想は「正直、ムリゲー…」とのこと。

乙武さん(左)、遠藤さん(右)

 

それを解決していくため、遠藤さんは「チームづくり」を大事にしました。

まず、乙武さんの身体を理解するため、理学療法士の内田さんが加わります。内田さんが乙武さんに初めて会った日「怖さを取り除きましょう」と伝えた話は印象的でした。乙武さんの身体は、慣れない動きや視線の変化などへの恐怖心でガチガチだったそうです。内田さんがその身体と心をほぐし、歩くための身体づくりをしたことで、乙武さんは「魔法使いが現れた」と表現するほど身体が変わったと言います。

次に道具の進化のため、義肢装具士の沖野さんが加わります。沖野さんがソケットと呼ばれる四肢の欠損部分との結合部品を改良し、乙武さんと対話しながらミリ単位で調整していきました。このことで乙武さんは「格段に楽になった」と言います。

内田さん(左)、沖野さん(右)

 

義手との出会い 「拍手ができた!」

乙武さんは、沖野さんのサポートのもと義手も装着し、上半身のひねりを加えて歩くことも挑戦し始めました。

ちなみに、はじめて義手を装着したとき乙武さんは「拍手ができる!」という感動を得て、ドラムを叩くなどもできそうだと感じました。その一方、「この43年間、ものすごく機会損失していたのでは」と思ってしまったと言います。先天性だったので「手があったら」と考えたことはなかったそうです。でも「考えても仕方がないのですぐ蓋をしました」と。

義手を初めて装着した時の乙武さんの様子

 

今年8月に再度歩行距離測定をチャレンジ

1年前「ムリゲー!」と思った時の歩行距離は7.8mでした。チームで試行錯誤を重ね、今年8月に再度測定チャレンジを行いました。この日は、パラ陸上競技100mのジャリッド・ウォレス選手がアメリカから応援に駆け付け、乙武さんに様々なアドバイスをしてくれました。その結果、この日の記録はなんと20mを超えました。ウォレス選手も「自分の足を信じることでよいリズムが生まれ、20mも歩けたね」と感動していました。

今年8月に20m以上歩くことができた時の様子

 

これは、乙武さんが自分の足を信じた粘り強さに加えて、チームに対して安心して身体を開放できるほど、信頼関係があった結果だと感じました。

その裏には、自らの身体感覚をすぐに伝えられる乙武さんの表現力と、それを受け取る技術者たちとのよい関係性がありました。実際、遠藤さんはこのチームのよいところは「文句を言い合える」ことだと言いました。

乙武さんのチャレンジは続き、またプロジェクトはその先の私たちの社会を見据えます。「乙武さんと一緒に私たちの身体を理解し、未熟な技術である義肢装具を改良したり社会になじませたりしていくという壮大なプロジェクト」だと遠藤さんは語っていました。

 

「ダイバーシティ」という言葉、皆さんはどう感じていますか?

シンポジウムの後半では、落合さん、本多さん、菅野さんが加わり「ダイバーシティという言葉が浸透してきたが、実際しっくりきているのか」という議論から始まりました。

例えば落合さんは「ある人ができないことをできるようにする、ではないと思う」と語り、「耳で聴かない音楽会」の取り組みは新しい挑戦そのものが面白いから続けていると言います。その一方、メディアというフィルターを通すと「感動」が強調されるようだと遠藤さんは投げかけ、乙武さんもメディアの力は経済効果という長所と、消費という短所の両方あると言いました。

菅野さんは「テクノロジーの多様性を専門家だけでなく社会全般にも伝えることと、価値観の多様性を伝えることは表裏一体では」と語りました。本多さんもTV番組における障害ある子供たちのチャレンジに協力をした例を挙げながら、フラットに感動の役割を語りました。

その後、マジョリティの論理で発生する議論への違和感、他者への関心・無関心のサジ加減の取り方など、様々な議論が交わされ、チーム内でも意見の違いを常に対話している様子を目の当たりにしつつ、シンポジウムは終了となりました。

笑いながらも活発に議論を繰り広げる、菅野さん(左)、本多さん(中央)、落合さん(右)

 

わかりあえないから対話する

xDiversityプロジェクトおよび、Ototake Projectは今後も挑戦を続けていきます。また、乙武さんのチャレンジは書籍『四肢奮迅』(乙武洋匡著、講談社)としてまとめられ今年11月に出版されます。

「ダイバーシティ&インクルージョン」の正解とは、どこにもないのではないかと思います。むしろ一人ひとりの中にある「ダイバーシティ&インクルージョン」を考え続け更新していくこと自体が大事なことだと感じます。

なお、シンポジウムの様子は動画で公開されています。
乙武さんたちの奮闘をぜひ家族や友人と話し、誰かと一緒に考えを深めてみてはいかがでしょうか。

 

URL:https://www.youtube.com/watch?v=Z726t8Qxjik

取材・文: 八木まどか
Reporting and Statement: yagi

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