トランスジェンダーが自分らしく働ける会社へ②~管理職編~
- 副編集長 / クリエーティブディレクター/DENTSU TOPPA!代表
- 増山晶
部下である大島さんからカミングアウトを受け、性別移行に伴う社内手続き、業務上の関係各位への情報共有などに向き合った、上司である菅本さん。大島さん本人はもちろん、社内外からその真摯で適切な対応が絶大な信頼を得た経緯と、管理職の立場からの率直な思いを伺いました。
前回の記事はこちら トランスジェンダーが自分らしく働ける会社へ①~当事者編~
カミングアウトを受けるまで
―これまでの会社生活、特に管理職になってからのLGBTQ+課題への意識はどのようなものでしたか?
決してDE&Iに対する意識が高い方ではない、平均的な管理職の一人でした。「知識としてLGBTQ+について知ってはいるものの、まさか自分の身近にいるとは思っていない」という状態でした。
―電通ダイバーシティ・ラボの調査*1によると、日本では11人に1人の割合でLGBTQ+の人が存在します。頭ではわかっていても、自分ごととして捉えてはいなかったということでしょうか。
管理職に対する360度評価の結果を見た時に、ありがたいことに概ね高い評価をもらった中で「セクハラ・パワハラ」の項目だけが少し低かったんです。その時は何か具体的なことと結びついていたわけではなかったのですが、これは誰かの「気づいてほしい、気づいてあげてほしい」というサインかもしれないと感じました。
菅本さん
カミングアウトを受けた時
―カミングアウトはどのような形で行われ、それをどのように受け止めましたか?
当時はコロナ禍で、リモートでの定期面談をしていましたが、面談のあとに少し話があると言われ、そこでカミングアウトを受けました。びっくりしましたが、同時に産休育休、病欠や不妊治療、体調不良同様、管理職として対応すべき大事な仕事の一貫だと思いました。
会社としては初めて社員の性別移行サポートという「前例」ができたわけですが、これはあくまで一例に過ぎません。働きやすい職場のためには、色々なケースがたまっていけば、その中で参考にできるケースも増えていくはずだと考えています。
―その後、上司として、具体的にどう考え、何から始めましたか?
まず、サポート役として「任命」されたことを光栄に思いました。社内での手続きのフローの把握もでき、人脈もあり、上司という立場はトランスジェンダー社員の性別移行をサポートするのにふさわしいポジションだと思いました。カミングアウトされた時に自分が言ったことは、①教えてくれてありがとう、②全力で応援するし勉強する、③だけど至らないこともあるから遠慮なく指摘してほしい、の3つでした。
「ホルモン治療はもう始めている」と聞き、まず体調を確認しました。知識不足やリモートという状況もあってこちらが気づけない心身の負担があるかもしれませんので、まずはそこが制度や手続きに優先して上司が考えるべきことだと思います。
大島さん本人には治療を進めていくという目の前のことに向き合ってもらい、上司としては社内の手続きなど時間がかかる少し先のことに向き合うことを一任してもらい、分担としました。
僕が感じた本人の切なる思いは、「本来の性に合った名前に変えたい」というものでした。戸籍名を変更するには、社内などでの十分な使用実績が必要です。リモート会議などで表示される名前の変更がまずは本人の希望でしたが、さらに社員証の名前も変更するため、人事部門のシステム担当の方をはじめ、さまざまな部門の人が対応してくれました。その結果、3月にカミングアウトを受けてから4か月後の7月に、社員証の名前も変更することができました。
名前の変更以外にも、治療や手術のための休暇制度など、性別移行に伴って使える制度はあるのか、ない場合は現場の運用でできることなのか、新たにルールを作る必要があるのか等を、人事部門で僕自身がお世話になった先輩に相談しました。
インタビューはリモートで行われた
多様性のあるチームは強い
―チームの変化を実感する、具体的な出来事はありましたか?
まず大島さん自身は、カミングアウト後に明らかに仕事のパフォーマンスが上がりました。もちろん、カミングアウトしない人のパフォーマンスが低いということではありませんが、彼女の場合は、本来の自分の言葉ではないものを変換して発し続けるという苦しさから解放されたのだと思います。
むしろ、チームの方がいい影響を受けました。勇気を出してありのままの自分を取り戻したチームメイトの存在によって、感度や想像力といったアンテナのギアが上がったのです。知識としてただ知っているだけではなく、多様性がリアリティとして自分ごとになりました。
「いろいろな人が、どう受け取るだろう?」という意識を、クライアントや営業メンバーを含め、チーム全体で共有できるようになりました。
ある日の部会
部長として、優先順位で迷う時があったとしても、「自分と家族の健康と幸せ」「部員は家族」という2点を思い出すようにしています。チームの戦力を高く保つのは、必ずしも実力だけではなく、モチベーションこそが大切だと考えています。
―多様性への向き合い方について、心掛けたことがあれば教えてください
僕は会社や社会といった、全体のことを意識しているわけではありません。たまたま目の前にいたひとりのために、最大限できることをしただけです。勇気を出して声を上げる人と、その人に向き合う人、そのペアがたくさんできていくのがいいと思います。その集合体が、会社や社会になると思います。
はたから見ている人にも、「会社はちゃんとサポートしてくれる、頑張ってくれる」ということが伝わること、たとえ駆け込まなくてもそこに「寺」があることが大切だと思います。
社内でのLGBTQ+サポートの先駆者として
―まだ前例のない組織の管理職の方や、前例があっても自分ごととしてイメージできていない管理職の方に伝えたいことは?
まず、「分からないことがある」ということは、本人に伝えること、分かったふりをしないということ、そのための人間関係を築いておくことです。次に、おせっかい力(想像力×行動力)という資質が上長として身についているという自信を持つことでしょうか。
コロナ禍で、突然リモート勤務が日常になったり、当たり前だと思っていたルールもどんどん変わっていったりしたのを見て、性別の話もルールの解釈や新設が可能なのではと勇気づけられました。
本人からは、ごく親しい人には自分から伝えるが、それ以外の人への周知は任されました。心掛けたのは「同心円状に」まずは、部、所属局、営業局長、営業部長と営業現場、クライアント…という順に話をしていくこと。「同心円状に伝えている」と繰り返すことで、勝手に話を広める人もいなかったと思います。
会社がメッセージすべきことは、「制度はすぐ変えられるよ」ではなく、「会社はあなたに孤独な戦いはさせないよ」ということ。成り行きをじっと見守っている人にも、それだけはちゃんと伝わるといいなと思います。
上司へのカミングアウトは、単なる「報告」ではなく、伴走者としての「任命」だと僕は受け止めました。僭越ながら、他の管理職の方に申し上げるとすれば、カミングアウトは協力者として任命されることとして受け止めてほしいです。
ひとりのアライ*2として
―グループ会社内でのLGBTQ+相談コミュニティ※も立ち上げられました。アライとしてこれからも心掛けたいことはなんですか?
※meets dentsu LGBTQ+:LGBTQ+当事者や周囲から支えた経験を持つメンバーが、それぞれの立場での経験や学びをシェアするグループ会社内の広場
LGBTQ+ワーキンググループに入ってLGBTQ+当事者を含むメンバーと会話する中で、ちょっとした迷いやモヤモヤを解消する相談相手がほしい。解決策ではなく、前例を知りたい。そういう声に応えるための窓口が必要だと感じて、有志でつくりました。
また、性別移行を始めた当初に大島さんと一緒に相談し、決めたことのひとつが、すべてうまくいった時、彼女は次に続く人のために自分の経験を実名・顔出しで発信していくこと、そして講演や取材のときには、「その時上司は!」と、自分もセットで登壇することでした。
今後も分かったふりをしないこと、相談される中にも学びや気づきがあることを知ることを大切にしたいです。
菅本さんと取材チーム
取材を終えて
「部下の性別移行をサポートする上司」として、管理職の誰もが満点の対応ができるとは限らない。けれども、真摯に部下本人の気持ちに向き合い、共に歩んでくれる上司の存在は、どれだけ心強いだろう。
「自分らしく働く」ことができていないLGBTQ+の人の気持ちを理解するためには、正しい知識が欠かせない。そして、ただ知っているだけでなく共感し、共に課題解決に向かう姿勢が大切だ。
アライとしての心構え*3を持ち、セクシュアル・マイノリティだけでなくだれもが自分らしく働ける会社が増えていくために、今回大島さん、菅本さんがシェアしてくれた経験を多くの人に活かしてほしい。
最後に、大島さんから菅本さんへのメッセージを紹介する。
「菅本さんの存在が、恩師っていうくらい、死ぬときにも思い出すくらい、本当によくしていただいたし、私の人生が本当に楽しくなった。人生が切り替わった大きなことをしてくださったので、すごく感謝しています。」
*1 電通ダイバーシティ・ラボ「LGBTQ+調査2020」株式会社電通
*2 LGBTQ+などの性的少数者のことを理解し、支援のために行動するLGBTQ+フレンドリーな人。英語の「Ally(同盟、支援者)」が語源。
*3 電通ダイバーシティ・ラボ(2022)「アライアクションガイド」参照
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